研究課題
肝がんは病因を問わず多くの場合慢性肝障害に伴う線維化肝から出芽する。しかしながら、線維化やその主役を演じる活性化星細胞(hepatic stellate cells, HSCs)が発がんにどのように関与するかは未だ明らかではない。私たちは肝ではHSCsのみに発現するグロビン蛋白質の一つであるCytoglobin(CYGB)を発見し、グロビンに共通の蛋白機能を解明すると同時に、Cygb欠損マウスを用いた数種のin vivo肝障害モデルによりHSCsにおけるCYGB欠損が肝炎症・線維化反応を増強させ、延いては肝発がんを促進することを証明してきた。また、CYGBはHSCs活性化の鍵因子であり、その欠損は活性酸素や生理活性因子、細胞外マトリックスの過剰産生を惹起した。以上のこれまでの成果を下に、本年度はHSCsにおけるCYGBの発現調節機構を詳細に解析すると同時に、CYGB-HSC軸が隣接する肝細胞のDNA損傷を通じた発がんにどのように寄与するかについて解明する研究に着手した。その結果、HSCsのCYGB発現が・OHラジカル消去に関わり、その欠損がDNA酸化障害を助長することを見出した。本研究成果により線維化肝とHSCsの肝細胞がん化に対する直接的証拠をさらに解明すべく研究を継続している。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度、HSCsのCYGB発現に及ぼすTransforming growth factor-beta(TGF-β)の関与を検討した。はHSCs活性化を誘導し肝線維化に関わるがTGF-βのCYGB発現に及ぼす影響は全く検討されていない。今回我々はTGF-βが濃度ならびに時間依存的にヒトHSCsにおけるCYGB発現を負に制御し、αSMA発現と鏡面像になることを見出した。さらにこのメカニズムについて、① Smad 2の関与、② Smad 2が結合する転写因子としてSP3の関与、③Smad2/SP3が結合するCYGB遺伝子のプロモーター領域について解明した。次にTGF-βによりCYGB発現が低下した場合について、HSCsが酸化ストレスに脆弱となり、DNA損傷(8-OHdG陽性)となることを明らかとした。酸化ストレスを生じるラジカルには様々なものが存在するが、CYGBは特にヒドロキシラジカル(・OH)を消去する能力に優れることを解明し、・OHによる酸化DNA損傷は確かにCYGBの過剰発現で制御されることを解明した。さらに、ヒトの肝病態で上記の現象があるのかについて検討を加えた結果、ヒト非アルコール性脂肪性肝炎の線維化部のリン酸化Smad 2が発現する活性化HSCsではCYGB発現が消失しており、そのようなHSCsでは8-OHdG陽性のDNA損傷が生じていることが判明した。以上のように、本年度に大きな研究成果を得ることができた。
ヒト肝がんは多くの場合、I型コラーゲンやαSMA陽性MFBが豊富な皮膜や線維性隔壁に包まれて成長するため、発生当初から線維化を形成する活性化HSCsと肝細胞間には相互作用があり肝細胞のがん化や成長に関係する事が推測されるがその直接的証拠はない。臨床サンプルを用いた予備的検討では上述したように線維性隔壁に接した肝がん細胞や活性化HSCsでは酸化ストレスマーカー4-HNEやDNA損傷マーカー8-OHdGが高発現している。我々はヒトHSCsにおけるCYGB発現を増減させる技術開発を行ってきたため、肝細胞との共培養系を用いる事で細胞間相互作用による肝細胞酸化ストレスやDNA損傷についてさらに検討を進める。(1)CYGB発現を調整したHSCsとHepG2細胞との共培養:共培養により肝細胞側の酸化ストレスマーカー4-HNE、8-OHdG発現による酸化的DNA損傷の有無、γH2AX発現によるDNA double-strand break の有無を検討する。この場合、TGF-βをはじめとする発がん関連因子(成長因子、サイトカイン、ケモカイン等)やH2O2の存在で反応が加速されるか検討する。(2)上記の検討に関して申請者らはCYGBが低発現した場合に肝細胞DNA障害が生じると推測している。その機序について、a) CYGB発現低下によるH2O2などの活性酸素過剰産生によるのか、b)HSCs由来の脂質、ペプチドなどの因子によるのかをHSCs由来エクソソームも含めて網羅的に解析する。(3)さらにCYGBのON/OFF条件で共培養しているHepG2側にどのような遺伝子発現変動が生じるのかについてmRNA, microRNAアレイ解析やRayBiotech社のタンパクアレイを用いて産生レベルに変化が生じるタンパクのクラスター解析を行う。
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