研究課題
病因の如何を問わず数十年に亘る慢性炎症により損傷・修復を反復した肝臓では線維化が生じ、肝細胞機能の低下を伴った肝硬変となり年率5%で発がんする。組織修復に伴う線維化や間質細胞反応が、実質細胞の機能低下やがん発生の促進に大きく関与することが臨床上明らかであるものの、線維化やその主役を演じる活性化星細胞(hepatic stellate cells, HSCs)が発がんにどのように関与するかは未だ明らかではない。私たちは肝ではHSCsのみに発現するグロビン蛋白質の一つであるCytoglobin(CYGB)を発見し、 グロビンに共通の蛋白機能を解明すると同時に、Cygb欠損マウスを用いた数種のin vivo肝障害モデルによりHSCsにおけるCYGB欠損が肝炎症・線維化反応を増強させ、延いては肝発がんを促進することを証明してきた。また、CYGBはHSCs活性化の鍵因子であり、その欠損は活性酸素や生理活性因子、細胞外マトリックスの過剰産生を惹起した。以上のこれまでの成果を下に、R1年度、HSCsにおけるCYGBの発現調節機構を詳細に解析すると同時に、CYGB-HSC軸が隣接する肝細胞のDNA損傷を通じた発がんにどのように寄与するかについて解明する研究に着手した。R2年度は、HSCsのCYGB発現がヒドロキシ(・OH)ラジカル消去に関わり、その欠損がDNA酸化障害を助長したことを見出した。さらに、ヒトアルコール脂肪性肝炎において、HSCのCYGBの発現減少がDNA損傷と負の相関を示すことを明らかにし報告した。本研究成果により線維化肝とHSCsの肝細胞がん化に対する直接的証拠をさらに解明すべく研究を継続している。
1: 当初の計画以上に進展している
R1年度から着手したHSCsのCYGB発現に及ぼすTransforming growth factor-beta(TGF-β)の関与についての研究をまとめた。肝線維化の進展に伴い、CYGBの発現量が低下すること、TGF-βがpSMAD2/SP3-M1経路を介してCYGBの発現を抑制することを明らかにした。さらに、CYGB発現の低い患者では酸化的DNA損傷が増加すること、CYGBが・OHに対して捕食能を有することを示し、CYGBが酸化ストレスで生じるDNA損傷から細胞を保護する役割があることが分かった。(J Hepatol, 2020)。この結果からDNA損傷を受けたHSCが肝細胞を含む周辺の細胞にどのような影響を与えるかを調べるため、活性化HSCにおけるDNA損傷部位の特定およびCygb欠損マウスを用いて肝細胞のミトコンドリア呼吸鎖の酵素活性を調べている。さらに、Cygbの過剰発現マウスの肝疾患モデルを用いた研究も継続している。
ヒト肝がんは多くの場合、I型コラーゲンやαSMA陽性MFBが豊富な皮膜や線維性隔壁に包まれて成長するため、発生当初から線維化を形成する活性化HSCsと肝細胞 間には相互作用があり肝細胞のがん化や成長に関係する事が推測されるがその直接的証拠はない。臨床サンプルを用いた予備的検討では上述したように線維性隔 壁に接した肝がん細胞や活性化HSCsでは酸化ストレスマーカー4-HNEやDNA損傷マーカー8-OHdGが高発現している。我々はヒトHSCsにおけるCYGB発現を増減させる 技術開発を行ってきたため、肝細胞との共培養系を用いる事で細胞間相互作用による肝細胞酸化ストレスやDNA損傷についてさらに検討を進める。 (1)CYGB発現を調整したHSCsとHepG2細胞との共培養:共培養により肝細胞側の酸化ストレスマーカー4-HNE、8-OHdG発現による酸化的DNA損傷の有無、γH2AX発現 によるDNA double-strand break の有無を検討する。この場合、TGF-βをはじめとする発がん関連因子(成長因子、サイトカイン、ケモカイン等)やH2O2の存在 で反応が加速されるか検討する。 (2)上記の検討に関して申請者らはCYGBが低発現した場合に肝細胞DNA障害が生じると推測している。その機序について、(a)DNA損傷関連因子であるPARP1に着目し、TGF-β処理後H2O2に暴露されたHSC細胞(CYGB低発現)のDNAを採取し、ChIP-Sequencing法を用いてPARP1標的部位を調べる。(b)Cygb欠損マウスの肝臓よりミトコンドリアを採取・精製し、ミトコンドリアの呼吸鎖に関連する酵素活性を測定する。さらに、(c)さまざまな肝疾患モデルを用いてHSCのCygb過剰発現による影響を調べる。
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