本研究の目的は心筋細胞特有のDNA損傷応答機構を明らかにすることである。 これらの問いを解決するべく、2019年度から2021年度にかけてDNA損傷を時間的・空間的・定量的に制御する実験系の構築を試みた。光誘導性にROSを産生するminiSOGタンパク質を発現させるシステムを構築しようと試みたが、miniSOG遺伝子産物の「リーク」、すなわち光をあてなくてもROSを産生する性質、に起因すると想定される細胞障害性のため、安定した実験を行うことができないことが判明し、断念した。 次に、ゲノム全域にわたって散在するレトロトランスポゾンに特異的なgRNAと誘導性のCas9およびCas9 nickaseを細胞に導入することで、再現性の高いDNA損傷を誘導するシステムの構築を試みたが、細胞死が強く誘導されてしまい、研究目的を達成するための手段として適切でないことが明らかになった。 心筋細胞と非心筋細胞のDNA損傷応答機構の違いの背景にある仕組みを明らかにするため、各種薬理学的実験を行い、DNA損傷修復の際にクロマチンへのaccessibilityを変化させる因子であるSWI/SNF複合体を構成するATPaseサブユニットに注目した。SWI/SNF複合体を構成するATPaseサブユニットにはSMARCA2とSMARCA4遺伝子が存在するが、一方をノックダウンするとヒトiPS細胞由来心筋細胞の分裂増殖が亢進する一方で、他方をノックダウンすると逆に分裂増殖が抑制されることを見出した。 当初の学術的問いに対する一つの答えとして、SWI/SNF複合体ATPaseサブユニット特異的な制御機構が関連している可能性がある。今後、サブユニット特異的なDNA損傷応答機構を解析することで、心筋細胞特異的なDNA損傷応答機構および心筋細胞が生後分裂増殖を停止する仕組みが明らかになるものと考えられる。
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