脊髄損傷による運動機能障害から回復する場合、失われた神経連絡や神経機能の「復元」を目指す一方で、患者自身が「思い通りに動かない身体」を受容し、それに対して適切に行動を適応させていくことが重要である。本研究では、運動指令のコピーである「遠心性コピー」とそれにもとづく運動予測に関わる神経活動を記録及び操作する技術を確立し、健常状態および運動障害時の運動学習への役割を明らかにすることを目的とする。 一昨年度より1)トルク外乱を用いた詳細な運動応答評価課題の導入、2)皮質電位(Electrocorticography、ECoG)による広範な神経活動記録、および3)微小電気刺激による神経活動修飾法の導入を開始した。昨年度まで2頭の動物(マカクザル)に対して、トルク外乱に対する予測的運動制御課題を訓練し、さらに上肢筋活動および皮質電位を記録するための電極埋め込み手術に成功した。本年度は、その2頭からトルク外乱に対する適応課題中の神経活動記録を行った。その結果、外乱によって誘発されるECoG応答が適応に応じて変化することが明らかとなった。特に、行動目標(ターゲット位置)が与えられてから外乱が与えられるまでの遅延期間において、背側運動前野および後頭頂葉において行動目標(ターゲット位置)に依存したβ帯域信号の変化が認められた。一方、外乱が与えられた後の応答期間においては、背側運動前野、一次運動野、一次体性感覚野、後頭頂葉の広範な範囲で高γ帯域及びβ帯域での運動応答に依存した信号変化が認められた。これらの結果は、行動の目標に応じた信号が後頭頂葉および背側運動前野に表現されて、その後の外乱への応答ゲインを調整し素早く柔軟な運動応答を実現している可能性を示唆する結果であった。
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