研究課題/領域番号 |
19H04010
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
井澤 鉄也 同志社大学, スポーツ健康科学部, 教授 (70147495)
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研究分担者 |
小笠原 準悦 旭川医科大学, 医学部, 講師 (20415110)
加藤 久詞 同志社大学, スポーツ健康科学部, 助手 (30780275)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 脂肪組織 / 高脂肪食 / 分岐鎖アミノ酸 / ロイシン |
研究実績の概要 |
脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC)は脂肪組織に存在する間葉系幹細胞で,多分化能を有する.ADSCの分化能異常は内臓脂肪症候群を助長すると示唆されているが,高脂肪食摂取や運動トレーニングによるADSCの分化変化機構はよく分かっていない.本年度は,分化の鍵を握るアミノ酸の同定を中心に研究を行った. ADSCから分化させた脂肪細胞の細胞内分岐鎖アミノ酸(BCAA)濃度が,高脂肪食摂取(HFD)や運動トレーニング(TR)によって変化することをメタボローム解析によって突き止め,BCAAの分化に及ぼす影響を中心に研究した. 実験動物はWistar系雄ラットを用い,通常食摂取群とHFD摂取群の2群に分け,さらにそれぞれの群を非運動群とTR群の2群,計4群に分けた.9週間のHFD摂取およびTRの介入後,鼠蹊部脂肪組織および精巣上体脂肪組織からADSCを回収し,BCAA含有または不含の培地にて脂肪細胞に分化させた.脂肪細胞への分化能はペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体γ(PPARγ)のタンパク質発現量と油滴の形成量で評価した.その結果,ADSCの脂肪細胞への分化はL-leucineに大きく影響することがわかった.すなわち,鼠蹊部脂肪組織ADSCにおいて,L-leucine不含培地で分化させた脂肪細胞の油滴形成量とPPARγタンパク質発現量はTR群において著しく低下した.しかし対照的に,L-leucine含有培地ではTR群の油滴形成量が増加し,PPARγタンパク質発現量はHFD摂取群および通常食摂取TR群において有意に増加していた.一方,精巣上体脂肪組織ADSCでは,鼠蹊部脂肪組織ADSCとは異なる応答を示した.ADSCの脂肪細胞への分化能はTRやHFD摂取によって変化し,少なくともL-leucineが分化能の変化を調節する因子の一つであることが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度の当初目的はADSCのアミノ酸代謝経路と鍵となるアミノ酸の同定であった.はじめに,ADSCの脂肪細胞への分化に鍵を握るアミノ酸の同定を行った.メタボロームによる網羅的解析,予備実験および文献検索により,標的をBCAA,とりわけL-leucineに絞って検証を行った.その結果,培地中のL-leucine有無の影響は皮下脂肪組織と内臓脂肪組織で事なり,L-leucine不含培地では,とりわけ鼠蹊部脂肪組織ADSCの脂肪分化がTR群において著しく低下することを明らかにすることができた.哺乳動物にとってBCAAは必須アミノ酸で分解系のみ存在するため,予定していたメタボローム解析による由来の検討をマイクロアレイ解析による一次スクリーニングに切り替えた.その結果,分岐鎖 α-ケト酸脱水素酵素複合体のmRNAレベルに変化が起こる可能性が示唆された.この実験結果は当初予定を著しく進展させるものであった. 一方,細胞内ATP含量は精巣上体脂肪組織ADSCではTRで増加し,皮下脂肪組織ADSCでは低下することがわかったものの,その詳細を明らかにするには至らなかった.しかし,一連の実験でアミノ酸をシグナルとする細胞内情報伝達経路のうち,mTOR(mechanistic target of raparnycin)系のタンパク質発現がHFDやTRによって変化している可能性を示唆する知見を得た.この知見は,次年度に予定している「アミノ酸をアゴニストとする分化シグナル伝達系」解析の足掛かりとなるものであった. 以上のように,本研究は概ね順調に進んでいる.
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今後の研究の推進方策 |
2019年度研究において,L-leucineがHFDやTRによるADSCの脂肪分化能変化に大きな役割を果たす可能性が高いことを見出した.2020年度においては,標的となる可能性が高いmTOR経路に加え,たとえばWntシグナルの関与についても検討する.そこで,L-leucine存在下でADSCを分化させ,リン酸化タンパク質の網羅的解析(リン酸化タンパク質蛍光染色法)を行い,mTORの上流および下流シグナルの同定と新規リン酸化タンパク質の発見につなげたい.さらに,同定できたリン酸化タンパク質は,Phos-Tag法によってリン酸化の度合いや発現変化を明らかにする. 同定した分子の機能を検証するため,候補分子に対するプラスミドベクターを構築し脂肪由来幹細胞に遺伝子導入,または,siRNA を導入した細胞を作製し,いずれの細胞においても免疫蛍光法によるタンパク質発現の解析を行う予定である.脂肪細胞への遺伝子導入は意外に難しい.そこで,遺伝子導入が不調の際には薬理学的検討を実施する. アミノ酸シグナルはRag GTPasesを介してmTORを活性化する.そこで,アミノ酸センサーとしてPib2とセストリン2に及ぼすHFDやTRの影響も検討する予定である.具体的には,L-leucine存在下でADSCを脂肪分化させ,Pib2とセストリン2と同定した鍵分子の結合状態を免疫沈降法によって検証することを計画している.
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