研究課題/領域番号 |
19H04206
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
松林 伸幸 大阪大学, 基礎工学研究科, 教授 (20281107)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 溶媒和 / 凝集 / MDシミュレーション / 溶液理論 / 多変量解析 / 変分原理 / 共溶媒 / 分子間相互作用 |
研究実績の概要 |
溶媒をあらわに取り入れた全原子モデルを用いた分子動力学シミュレーション(MD)と自由エネルギー計算によって、アミロイドーシス疾患を引き起こしタンパク質工学における大量発現の障害ともなるペプチド凝集の駆動力を解明し、凝集阻害につながる共溶媒相互作用成分を同定することが本研究の目的である。前年度は、パーキンソン病に関わるNACoreペプチドに着目し、中性の共溶媒である尿素およびDMSOの効果を検討した。今年度は、塩の効果を主たる対象とした。純水溶媒中および塩を含む水溶液中での溶媒和自由エネルギーを計算し、その差から変分定理を通して凝集の平衡定数に対する塩効果を定量化することができる。純水溶媒中で揺らがせたタンパク質構造をサンプルし、各構造を固定して純水溶媒中と共溶媒存在下で溶媒和自由エネルギーを求めた後に、サンプルした構造上での溶媒和自由エネルギーの差の平均を取ることで共溶媒濃度の1次までの効果が分かる。100残基までのペプチドとタンパク質の変性に対する計算を行った。変性状態が安定化することと解離状態が安定化することはパラレルである。NaCl、LiCl、KCl水溶液中での解析を行い、変性に伴う溶媒和自由エネルギーの変化が KCl < NaCl < LiCl の順でより負になることを見出した。塩溶効果のより大きなイオンが、天然構造から変性構造へと移行する際にエネルギー安定化に寄与することを意味している。この傾向はホフマイスター系列に沿っている。変性に関する解析結果を踏まえて、βシートのスタック構造を持つペプチド凝集体の塩効果の検討に進んだ。凝集をもたらす相互作用はペプチドの分子間相互作用であり、溶媒効果を強化することで解離に至る。単量体と凝集体の相対安定性の塩の種類に対する依存性からホフマイスター系列との対応関係を見るとともに、カチオン種依存性では水の寄与が大きいことを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、ペプチド凝集に対する共溶媒効果の自由エネルギー解析を行っている。純水溶媒中で大量にサンプルした単量体および凝集体の固定構造に対して網羅的に溶媒和自由エネルギー計算を行い、変分定理を通して、凝集への共溶媒効果を定量化するプロトコルである。本年度は、このプロトコルをほぼ自動化し、エネルギー表示溶液理論に基づいて、凝集性の説明変数となりうる静電項、分散引力項、排除体積項を大量に処理するスキームも組み込むことで、網羅的解析の進捗が順調なものとなった。また、本年度は、イオンを主たる解析対象とした。イオンはペプチドやタンパク質、さらには、周囲の水との相互作用が強いために、共溶媒効果の線形性を担保する濃度領域が尿素やDMSOなどの中性共溶媒に比べて低い。そのため、自由エネルギー計算の際のイオン濃度を下げる必要がある。共溶媒濃度が下がると、純水溶媒中と共溶媒存在下での溶媒和自由エネルギーの差が小さくなる。自由エネルギー解析における計算精度の低下を意味する。この問題を解決するために、本研究で目的とするペプチド凝集体よりも残基数が1桁小さいペプチドやタンパク質の単量体を用いて、低濃度の塩がその変性に及ぼす効果を定量化するための計算手法の確立を企図した。タンパク質変性に対する共溶媒効果は、そのものとしても興味深いテーマ設定であり、また、天然構造 ⇔ 変性構造および凝集 ⇔ 解離の対応関係からペプチド凝集への基盤的知見を与えるものである。解析の結果、低濃度イオンの効果の定量化には、比較的短時間のMDを複数の初期配置から始めて平均を取る方が、長時間のMDを流すより早く所期の計算値が得られることが明らかになった。短時間MDを多く流すことは現今のコンピュータ利用の観点からも望ましく、効率的な計算資源の活用に資する方法であり、塩効果を定量化するためのMD手法の工夫とすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
研究対象とするタンパク質・ペプチドとして、液液相分離に関わる系を含める。解析手法は、これまでと同様であり、純水溶媒中で多数の構造をサンプルした後、各固定構造に対する純水溶媒中および混合溶媒中の溶媒和自由エネルギーの差から変分定理に基づいて共溶媒効果を定量化し、エネルギー表示溶液理論の自由エネルギー汎関数を用いて静電項、分散引力項、排除体積項などの相互作用成分との関係をモデル化する。これまでに構築した解析プロトコルおよびそのプログラムを高度化しつつ流用することになる。特定の構造を有しないタンパク質またはペプチドの場合、サンプルする構造の数が増えるが、自由エネルギーと相互作用成分の値を構造数の関数として示し、必要な構造数を同定する。また、共溶媒の種類として中性とイオンの双方をカバーするだけではなく、PEGのようなオリゴマーまでも含める。共溶媒分子が大きくなると、水と共溶媒からなる混合溶媒系の粘性が高くなりサンプリングするための時間が延びることが予想される。この課題へのアプローチとして、イオンの場合のように多数の初期配置からの比較的短時間のMDを行うことに加えて、サンプリング計算の前に温度を上下させるアニーリングの手法を援用する。アニーリングは、共重合体を含むポリマー系やハイドロゲル系のMDで多用されている手法であり、PEGなどを含み粘性が上がった系に対して有用であると考えられる。さらに、多種の共溶媒効果の系統化のために、共溶媒の化学構造を記述子として溶媒和自由エネルギーへの共溶媒効果を回帰モデリングする。炭化水素部や水酸基などの効果に分割し、さらに、分割値に対する静電項、分散引力項、排除体積項などの相互作用成分の寄与を同定することで、共溶媒のどの原子団がタンパク質の天然構造 ⇔ 変性構造、および、ペプチドの凝集 ⇔ 解離の平衡の移動にどのように寄与するかを明らかにする。
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