先行研究により、メチル水銀に曝露されたマウスの脳中では転写因子TCF3が活性化されることで、その下流因子SRXN1の発現誘導を介してメチル水銀毒性を軽減する可能性が示唆された。本年度はまず、マウス神経幹細胞株を用いてメチル水銀によるアポトーシス誘導におけるTCF3とSRXN1の関係を検討した。その結果、TCF3発現抑制細胞ではメチル水銀によるSRXN1発現が誘導が認められず、またアポトーシス誘導も亢進した。一方、野生型TCF3の発現プラスミドを導入することでSRXN1は発現誘導され、アポトーシス誘導も抑制された。しかし、本リカバリー作用は転写関連領域を欠失させた変異型TCF3の発現プラスミドの導入ではほとんど認められなかった。また、SRXN発現抑制細胞では、TCF3発現抑制細胞と同様に、メチル水銀によるメチル水銀によるミトコンドリア膜電位の低下や細胞質へのシトクロムcの放出、活性酸素の産生が亢進されていた。次にSRXN1遺伝子の転写開始点から上流500 bpsの領域を用いたDNA/蛋白質結合アッセイを行った結果、ビオチン標識したDNAプローブへの野生型TCF3-V5の結合レベルはメチル水銀処理によって増加したのに対し、変異型TCF3-V5ではその増加がほとんど認められなかった。また、クロマチン免疫沈降アッセイにおいても同様の結果が得られた。さらに、免疫染色法によりマウス脳中のTCF3およびSRXN1の発現を調べた結果、いずれもNeuN陽性の神経細胞で発現しており、メチル水銀投与マウスではそれらの発現上昇が観察された。以上のことから、マウス脳中の神経細胞で発現しているTCF3は、メチル水銀によって活性化されるとSRXN1遺伝子のプロモーター領域にリクルートされ、その発現を誘導することでメチル水銀によるミトコンドリアを介したアポトーシス誘導を抑制することが明らかとなった。
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