研究実績の概要 |
本研究の目的は、X線自由電子レーザー(XFEL)を使った時間分解X線吸収分光法(XAS)により、溶液中で光励起された分子が緩和する際に生じるコヒーレントな核波束振動の局所的な構造変化を原子分解能で観測することである。X線領域のレーザー光であるXFELをプローブ光として用いることで、従来の紫外~赤外光の超高速ポンププローブ分光にはない元素選択性、高空間分解能、高時間分解能を兼ね備えた新しい分子動画を実現し、フェムト秒化学に新たなフロンティアを切り拓くことを目指している。 2019年度は国内唯一のXFEL施設SACLAにおいて、研究対象として採用したポリピリジン銅(I)錯体([Cu(dmphen)2]+, dmphen = 2,9-dimethyl-1,10-phenanthroline)のアセトニトリル溶液を対象に、時間分解XASを約70フェムト秒の時間分解能で計測した。[Cu(dmphen)2]+は光吸収後に核波束振動を経て約1ピコ秒の内に銅(I)錯体に見られる正四面体型から銅(II)錯体に多い平面型へと擬Jahn-Teller歪みを起こすことが知られている。実験の結果、Cu 1s軌道の結合エネルギー(吸収端)近傍のXANES領域において、光励起に伴う銅原子の価数変化(1価→2価)に帰属される巨大な過渡信号の上に微弱な振動構造を観測した。これは、錯体中心にある銅原子とそれに配位しているリガンドの間の核波束振動を捉えたことを意味している。さらに興味深いことに、入射X線エネルギーを変えると、振動の形状や強度が変化することを確認した。すなわち、時間分解XASでは、核波束の各振動モードに対する感度が入射X線エネルギー(遷移の終状態)に依存していると推察される。
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