高齢化が急速に進む日本において、記憶の減退は深刻な社会問題を引き起こしている。特にワーキングメモリ(WM)は注意と密接に連携し、会話・読書・計算など日常の様々な心的活動を支える重要な機能である。だが WMの神経基盤については未だ不明な点が多く、激しい議論が行われている。本研究はWM およびそれに関連する各種認知機能の脳内メカニズムを探ることを目的とする。この目的を達成するため、以下のような研究を行い、言語性WMに関する神経活動を記録・分析した。 前年度に行った脳波実験(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.09.29.510214v1)から(1)ある単語が持つ個々の意味素性(semantic feature)は、脳内で特定周波の律動信号としてコードされていること、(2) 意味素性を共有する単語群の記憶は律動信号の共鳴(協和)を引き起こすこと、の2点が示唆された。今年度はさらに高次な単語間統合、つまり名詞と動詞の情報統合(文理解)に注目し、言語性WMの神経活動を分析した。たとえば「みちを」という名詞句の後に「あるく」という動詞が提示された場合、その文の理解は容易である。名詞句と動詞の意味情報が、違和感なく我々の脳内で統合される(正文)。これに対して「みちを」の後に「こぼす」という動詞が提示された時、意味統合は起こらず、多くの人には「理解不能な文」として判断される(誤文)。健常人の正文・誤文への神経反応を記録・比較したところ、正文条件に選択的な律動信号の共鳴が見られた。前年度に報告した共鳴現象が、より高次な(文レベルの)情報統合にも関わることを示しており、言語性WMを支える一般則である可能性が示唆された。成果は英文国際誌に投稿準備中である。
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