研究課題/領域番号 |
19H04442
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
辻 敏夫 広島大学, 先進理工系科学研究科(工), 教授 (90179995)
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研究分担者 |
岡田 芳幸 広島大学, 病院(歯), 教授 (70566661)
曽 智 広島大学, 先進理工系科学研究科(工), 助教 (80724351)
古居 彬 広島大学, 先進理工系科学研究科(工), 助教 (30868237)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 客観的疼痛評価 / fMRI / 末梢交感神経電気活動 / 血管粘弾性 / 確率モデル / 機械学習 |
研究実績の概要 |
本研究では末梢交感神経電気活動の非侵襲推定問題に挑戦し,疼痛を客観的に定量評価する新技術の確立を目指している.そのため,研究代表者が独自に開発した末梢血管剛性計測法(Scientific Reports, 2018)と生体電気信号の分散分布確率モデル(IEEE TBME, 2017)に基づく新たな数理モデルを構築し,非侵襲的に計測可能な末梢血管剛性から交感神経電気活動(MSNA)を復元する理論を確立する.そして,fMRIによる脳活動計測法と提案法を融合し,主観疼痛-脳活動―末梢交感神経活動の関係性を実験的に解明し,その関係をモデル化する. fMRI装置で使用可能な疼痛評価実験システムを用い,20名以上の被験者に対して疼痛刺激実験を行った.4段階の疼痛刺激を被験者に提示し,主観評価,末梢交感神経指標である末梢血管剛性,および,脳活動を計測するとともにこれらの間の関係性について解析した.その結果,疼痛強度の増加に伴って島皮質を中心に有意に賦活する脳領域が広がることを確認した.また,疼痛関連領野であるPain matrixを構成する左・中前頭前皮質,腹・背側前帯状皮質が末梢血管剛性の時間変化と有意に相関する活動を示すことが明らかになり,疼痛刺激中の末梢血管剛性を変化させる神経基盤の一端を明確にすることができた(Scientific Reports, 2021a). また,末梢血管剛性の周波数特性を解析し,末梢血管剛性の周波数成分に心拍同期成分,呼吸同期成分が含まれることを世界で初めて明らかにするとともに,血管剛性の低周波成分が収縮期血圧と有意な相関を示すことを見出した(Scientific Reports, 2021b).これらの特徴は本来,MSNAが有している特徴であり,末梢血管剛性がMSNAの情報を含んでいることを意味している.以上より,末梢血管剛性からMSNAへの復元可能性を明らかにすることができた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度は,(1) 脳活動と末梢交感神経活動から疼痛刺激応答のみを分離するための実験条件の探索と(2)疼痛刺激に対する脳活動と末梢血管剛性活動のデータベース構築を目指していた.予定通り下記に示す2項目の課題に対して十分な成果が得られたため. (1)脳活動や交感神経は疼痛だけでなくさまざまな外部刺激や内部状態に対して応答するため,脳活動と末梢交感神経活動から疼痛刺激応答のみを分離する必要がある.そこで,視覚,聴覚,体性感覚を統制した条件下で,疼痛刺激を行うという実験プロトコルを確立した.本実験プロトコルでは,十字のカーソルを提示することにより視覚条件,耳栓により聴覚条件,被験者に仰臥位を取らせることにより体性感覚を統制した.また,主観疼痛強度がnumeric rating scaleで3になる電流を基準とすることで,疼痛知覚の個人差を統制した.そして,最大強度の疼痛刺激を最初に提示し,刺激強度を徐々に下げたのち,また強度を増大させるという谷型の疼痛刺激強度提示プロトコルにより,疼痛刺激に対する被験者の予期効果を統制した.本プロトコルにより,脳活動と末梢交感神経活動から疼痛刺激応答を抽出することに成功した. (2)前項で提案した実験プロトコルに基づき,脳活動と各種生体信号を同期して計測するとともに,被験者の主観をアンケート形式で調査し,計測結果をデータベース化した.被験者数は20名以上であり,今後も追加する予定である.アンケート項目には,疼痛の強度や質(鋭さや鈍さ)だけでなくラッセル円環モデルに基づく項目を含めた.そして,疼痛刺激に対する脳活動と末梢交感神経活動,主観評価結果のデータベースを構築した.さらに,このデータベースを解析するにより,疼痛刺激中の末梢血管剛性を変化させる脳内基盤の一端を明らかにした.
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今後の研究の推進方策 |
当初の予定通り,令和3年度は下記の2項目の課題に取り組む. (1) 確率ニューラルネットによる脳活動と自律神経活動の統合ネットワーク解析: fMRIを用いて計測したbold信号から疼痛刺激に応答する部位を特定するとともに,状態遷移モデルを用いて関連部位の応答を疼痛の質と強度に基づいて分類し疼痛刺激を再構成する.状態遷移モデルは,研究代表者が独自に開発した隠れマルコフモデルに基づく再帰構造と統計構造を内包したニューラルネット(Recurrent Log-linearized Gaussian Mixture Network, Tsuji et al., IEEE Trans. NN, 2003)を応用する.計測した脳活動と末梢交感神経活動を状態変数として当該モデルに組み込み,各脳部位と自律神経活動の因果関係について統合的かつ機械学習的にネットワーク解析を可能とする. (2) 疼痛知覚メカニズムのモデル化と疼痛可視化システムの実現: 実験から構築したデータベースに基づいて,疼痛刺激-主観-脳活動-末梢交感神経活動の間の関係を前項で構築したモデルを用いて統合ネットワーク解析を行い,脳と交感神経の活動の因果関係をモデル化することで疼痛知覚メカニズムを明らかにするとともに,疼痛に対する主観評価を推定可能とする.また,血管剛性の刺激強度依存ノイズモデルを用いてパラメータフィティングを行い,個体内差と個体間差を考慮した疼痛評価を行う.そして,生体信号計測から疼痛評価の表示までの一連の処理を行う疼痛可視化システムを開発する.
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