研究課題/領域番号 |
19H04466
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
玉田 靖 信州大学, 学術研究院繊維学系, 教授 (70370666)
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研究分担者 |
塩見 邦博 信州大学, 学術研究院繊維学系, 准教授 (70324241)
小林 尚俊 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点, 上席研究員 (90354266)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | シルク / 表面分析 / 遺伝子組み換えカイコ |
研究実績の概要 |
水溶媒およびヘキサフルオロイソプロパノール溶媒から調製したそれぞれのシルクフィブロインフィルム(W-SF、HFIP-SF)上でP19CL6細胞の自発拍動挙動がHFIP-SF上ではフィブロイン材料で見られる早期の自発拍動が見られなくなることが確認され、またそれに対応する心筋分化マーカー遺伝子等の発現も変化することを見出した。この2種のフィルムの表面解析を行ったところ、AFM観察では大気中、水中ともにW-SF表面はHFIP-SF表面よりも粗く、水中ではよりW-SFの粗さが大きいことが分かった。さらに、表面近傍構造の顕微ラマン分光法によるマッピング測定の結果から、W-SF、HFIP-SFともβシート構造(結晶)の数μmオーダーの分布が観察され、また大気中と水中ではW-SFにおける結晶割合の変化がHFIP-SFよりも大きいことが観察された。これらの結果から、シルク材料表面における細胞挙動の特異性はシルクタンパク質からではなく、シルクタンパク質が作る材料表面の特性であることが明らかとなった。シルクタンパク質水溶液を培養系に添加した実験において、シルク材料の特徴である高い細胞移動性が添加により観察されなかった結果からも支持された。遺伝子組み換えシルク作出においては、シルクフィブロイン結晶領域の遺伝子フラグメントを取得し、フィブロン遺伝子の一部を欠損した遺伝子組み換えシルクおよびシルクタンパク質の結晶領域に変異を加えた遺伝子組み換えシルクを産生する遺伝子組み換えカイコの作出に着手し、遺伝子の設計とプラズミド作製を行い、現時点ではフィブロイン遺伝子の一部を欠損した遺伝子組み換えシルクの産生については遺伝子組み換えカイコの2系統の作出に成功し、カイコ系統の分析と安定化および繭の生産を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
シルクフィブロイン材料の特異性を発現するメカニズムの一つとしてフィブロイン材料表面の結晶-非晶の不均一な分布が作用する仮説の証明のために当初シルクフィブロインの結晶領域であるCPフラクションを中心に検討を進める計画であったが、材料調製に用いる溶媒の変化のみでもそれぞれのフィブロイン材料上で培養した細胞の動態が大きく変化することを見出したためにCPフラクション混合系の準備を進めるともに溶媒系を変化して調製したシルクフィブロイン材料表面解析を実施した。その結果、フィブロイン材料表面の粗さ、特に水中において微細表面形状の大気中からの変化の柔軟性、表面近傍構造の結晶性や大気中と水中における結晶性の変化が観察されたことから、表面構造の柔軟性がフィブロイン材料の細胞動態に対する特異性を発現する要因の一つである新たな可能性が示唆できた。次年度以降は、CPフラクション混合系とともに溶媒変化系についてもRNA-seq 解析を中心とした細胞動態の詳細の検討を進めるとともに、フィブロイン材料表面と細胞との界面の観察を試みる計画である。 遺伝子組み換えシルクの作出については、計画通りに遺伝子組み換えカイコ作出のための遺伝子の設計とプラズミドの構築を実施し、フィブロインタンパク質の一部を欠損した遺伝子組み換えシルクについては遺伝子組み換えカイコの作出に成功したため、この組み換えシルクによる材料化と物性への影響についての検討を次年度に順調に進めることができる。また、フィブロイン遺伝子フラグメントや結晶領域の変異をした遺伝子組み換えシルクの産生と評価を計画に従い進める。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度に引き続き調製法を変えたシルクフィブロインフィルムについての表面物性解析と細胞応答についての検討を実施する。調製法については、計画した後処理プロセスの検討やCPフラクションやペプチド混合に加え、本年度新たに細胞応答の相違を見出したコーティング手法の違い(スピンコートとディップコート)やセリシンタンパク質の混合についての検討も実施する。表面分析については、走査型プローブ顕微鏡による表面形状や相対弾性率測定とともにナノインデンション法による表面弾性率の測定やゼータ電位や接触角測定による表面物性について研究分担者(小林)と協働で解析を進める。また、シルク材料と細胞との接着界面の観察を全反射蛍光顕微鏡を用いて実施する。さらに本年度大気中と水中での表面近傍構造の変化が観察されたため、顕微ラマン分光の液中測定を継続して行う。 昨年度細胞の動態が異なったシルク材料についての遺伝子解析をRT-PCR法を用いて実施した予備的な検討を参考にRNA-seqの検討を進める。調製法を変えたシルクフィルム材料で細胞動態が大きく異なる細胞についての検討を行い、シルク材料表面物性との関連について評価を実施する。昨年度に作製したフィブロインH鎖の結晶領域や非晶領域をコードする遺伝子フラグメントや結晶形成を阻害すると予想される合成ペプチドをコードする遺伝子をフィブロイン遺伝子に融合した遺伝子をカイコ組み換えベクターとして構築し、これらの遺伝子を用いた遺伝子組み換えカイコの作出と遺伝子組み換えシルクの産生を研究分担者(塩見)と協働で実施する。 現在の新型コロナ感染症拡大防止対策において実験が停止している状況を考えると、計画通りの研究の実行が困難になる恐れがあるが、その際は効率的に成果を得るように実施内容を可能な限り絞って研究を推進する予定である。
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