研究課題/領域番号 |
19H04502
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
山本 元司 九州大学, 工学研究院, 教授 (90202390)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ヒト立位安定性 / システム同定 / 極・零点 / 安定化制御システム |
研究実績の概要 |
本研究では,ヒト力学的安定化システムの安定性評価手法に基づいて,最終的には力学的歩行アシスト装置における安全性評価をおこなうことを目指している.本年度(2019年度)は特に立位安定性評価手法として,制御系のシステム同定手法に基づき,同定後の伝達関数の極・零点を評価することでヒト立位安定性を定量評価する方法を提案した.具体的には (1)ヒト立位制御システム同定のため,斜板落下式外乱印加装置を提案,製作した.また,この装置により外乱データを入力データとし,外乱印加後のヒトCOP(足圧中心)の時間軌道を出力データとして測定した. (2)ヒト立位安定化制御システムを線形システムと仮定し,測定データにより安定化制御システムを同定した.このときに信頼性の高い同定のための,同定システム次数決定手法について検討し提案した.具体的には,測定により得られた実測出力データと同定モデルと入力外乱データにより得られた計算出力データができるだけ一致するよう適応的に同定システムの次数を調整する手法を提案した. (3)得られた同定システムの極・零点により安定化システムの減衰特性に着目した立位安定性定量化手法を提案した.線形離散時間システムにおいては安定な極は複素平面の単位円内部に存在することが理論的に知られており,このことから同定後の各極・零点と単位円との距離に基づいて定量評価するものとなっている. (4)安定性が異なることがわかっている複数の実験条件(タンデム足位置とパラレル足位置など)で1名の被験者で安定性の度合いを提案手法により実験・測定・同定・定量評価をおこなった結果,実験条件により安定度合いの違いが定量的に評価できることがわかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以下,研究実績の概要で示した番号により,進捗内容の具体的内容と根拠を示す. (1)に関して,従来の立位状態への外乱印加装置では定量的で信頼性の高い外乱印加が困難であったが,一定角度の斜板を落下させることで信頼性の高い外乱が実現でき,また,外乱データを測定することで外乱を定量的に把握できることが特徴となっている.斜板落下式外乱のような衝撃的な力が発生する場合は,重心軌跡やCOP軌跡測定は,力センサーの原理的問題からその測定は困難であった.提案装置では,この測定を従来のフォースプレート方式(力センサ方式)でなく,静電容量式の圧力センサーシートを用いている.このことにより斜板落下時の衝撃力に対応でき,外乱特性として望ましい入力を実現している. (2)の立位安定化に寄与していると考えられる時間区間(外乱印加からおおむね0.5秒以内)に限定したデータサンプルとしたことに関して,従来研究によりこの区間とそれ以降の区間に関しては周波数特性がかなり異なり,立位安定化制御システムに変化が起こることが指摘されている.これ以降の区間では外乱安定化制御と言うより,主として重心揺動として知られる,無外乱時のCOP応答であると考えられ,この区間のデータは外乱安定化制御システムの機能があまり反映されていないと考えた.ここでは,出力データであるCOP時間軌道を周波数解析して,特に立位安定化に寄与していると考えられる時間区間(外乱印加からおおむね0.5秒以内)に限定したデータサンプルとした. (3)に関して,実測に基づく従来の立位安定度合いの評価手法はほとんどがデータを統計処理して実験条件等で相互比較する手法であった.提案手法は同定数理モデルに基づいた理論的かつ定量的評価手法であり,客観性と信頼性が高い画期的手法となっている. これらの提案は成果に示した学会で発表しており,参加者から大きな注目と評価を得ている.
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今後の研究の推進方策 |
本研究では,ヒト力学的安定化システムの安定性評価手法を提案することで,最終的には力学的歩行アシスト装置における安全性評価をおこなうことを目指している.ここでは主としてその基礎となる立位安定性評価と歩行安定性評価方法の開発をおこなっている.このことにより,ヒトの力学的動特性が関与するより広い範囲での学術的,臨床的応用が期待できる.例えば,高齢者の転倒問題を考えたとき,個々の高齢者の転倒リスクが定量評価され,またその主たる要因が明らかにされれば,転倒を回避する方策や個人の対応策を考えることができる.このため,安定性の評価とともに,安定性を損なう機能劣化の程度と同定されたシステムの安定性評価結果との関連も明らかにする. この目的のため,本年度は転倒に至る要因についてそのメカニズムから実験的に検討する.申請者研究室では転倒に至る直前までを実験的に再現できるトレッドミルを所有しており,その時のCOP軌跡、ヒト各関節の動作を測定するためのモーションキャプチャ装置,トレッドミル上自由歩行可能な制御装置を備えている.これらを用いて,転倒直前のヒト立位安定化の力学的メカニズムを調べる. 次に,歩行安定性評価方法を,今年度提案の立位安定性評価手法を基礎に検討する.歩行は動的現象のため直接的に重心揺動軌道から評価することは困難である.そこで, (A) 個人が持つ健全な歩行時重心揺動軌跡を事前に測定しておき,歩行時に力学的外乱を印加することで外乱応答軌跡を測定し,その差分情報により 外乱要因のみの重心応答軌跡を得て,これにより歩行時安定性評価することとする. (B) 立位安定性のときと同様に感覚遮断などの安定性を阻害する要因を実験条件に取り入れて歩行安定性が適切に評価できるか調べる.また高齢者や若年者などの被験者の違いによる特性が適切に反映されているか調べる.
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