研究課題/領域番号 |
19H05600
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
齊藤 英治 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 教授 (80338251)
|
研究分担者 |
塩見 雄毅 東京大学, 大学院総合文化研究科, 准教授 (10633969)
高橋 三郎 東北大学, 材料科学高等研究所, 学術研究員 (60171485)
|
研究期間 (年度) |
2019-06-26 – 2024-03-31
|
キーワード | 核スピン流 / 核スピントロニクス / 核スピンゼーベック効果 / 核スピン波 |
研究実績の概要 |
本研究は、原子核スピンとスピン流物性を繋ぐ新たな学問領域「核スピン流科学」を建設するものである。本年度は主に以下の3課題について研究を進めた。 1.非局所核スピン輸送効果:核スピン流の輸送効果を調べるため、希釈冷凍機を用いてMnCO3を対象に非局所配置の核スピンゼーベック効果の低温測定を行った。すると興味深いことに、超低温域(100 mK)まで信号が発達し、且つ強磁場下(15 T)ですら抑制されないことが見出された。さらに磁場依存性の精密測定から異常なピーク構造も観測された。現在、核スピン輸送の生成機構の定式化を進めており、実験・理論の両面において、核スピン流の体系的理解に向けた研究が進展している。 2.核スピン波分光学の開拓:本研究で構築した、低温・強磁場対応の広帯域マイクロ波反射分光システムを高核スピン材料を含む金属系に適用し、核スピン波分光学の体系化に向けた深堀りを行った。マイクロ波照射時の表皮効果を無視できない金属系の核スピン波は、実験的な報告例が殆ど存在しないチャレンジングな研究課題である。我々は、核スピン波の形成条件(大きな核スピン強度・強い超微細相互作用・電子系に磁気秩序・磁気異方性が極めて小さい)に基づき有望な金属系物質の洗い出しを行い、バルク試料の加工及び、Mn合金系の単結晶膜の作製を行った。これらの試料に核スピン波分光法を適用することで、低温域において顕在化する核スピン波励起の最初の兆候を見出すことに成功した。 3.物質開拓:核スピン流を担う物質群の開拓のため、徐冷法に基づき55Mn核を含む高核スピン材料AMnX3(A=Cs, X=Cl)の合成を行った。これらを上記2の研究に適用し、核スピン波励起の観測に成功した。引き続き、本課題の測定班と密に議論しながら、試料合成を進めていく。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の中核をなす核スピンゼーベック効果の実証に成功し、本成果をまとめた論文がNature Communications誌に出版された。これにより長年電子技術に限られていた熱発電に原子核スピンの概念が加わり、絶対零度に迫る超低温まで応用可能な新しい熱電変換分野の扉が開かれた。更には、核スピンが単なる分析のためのツールではなく、“電気や電流の生成源としての機能をもつ”という新しいパラダイムを打ち出すことができた。また本研究課題を通じて、固体中の核スピンの輸送現象・金属系の核スピン波励起の観測など、チャレンジングな課題に取り組み、最初の信号を見出すことにも成功している。核スピンを用いた新しい科学技術の構築に向けて順調に研究が進展しているといえる。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度は、(1) 核スピン流を利用した冷却現象の開拓、(2) 核スピンと他素励起結合系の励起状態の観測と制御技術の開拓を行う。 (1)核スピン流を利用した冷却現象の開拓 研究代表者らは、2021年に熱流による核スピン流生成現象を見出し論文発表を行った。この逆効果、即ち核スピン流による熱流の生成現象も存在する筈であり、本現象の開拓に引き続き取り組む。具体的には、高核スピン元素を含む磁性材料と重金属の接合系において、非平衡スピン蓄積下で生じた核スピン角運動量及びエネルギーの流れを格子系へと移し、格子系の発熱及び吸熱を検出することで本現象の観測を行う。 (2)核スピンと他素励起結合系の励起状態の観測と制御 核スピンは超微細相互作用を介して電子系と結合しており、これにより核スピンの長寿命性と電子スピン波の大きな群速度を併せ持った新しい素励起状態(混成波)の形成が期待できる。この状態を電気輸送測定を通じて観測し、またその伝導特性を系統的に測定する。更にこの混成状態を高周波スピントロニクス技術を利用して励起し、起電力として検出する実験にも取り組む。これにより、これまで主にパルスNMR計測にもとづいてきた核スピン分光にスピントロニクス要素が加わり、両分野の橋渡しとなる現象が開拓される。
|
備考 |
【解説記事】吉川貴史, 齊藤英治,“スピン流とスピントロニクス”数理科学 697, 60-66 (2021).
|