研究課題
研究開始時に掲げた[対称性の制御][近接効果による電子相]の2項目に加え、[インターカレーション]を第3の研究項目に掲げ、すべての項目で重要な進展があり、その結果中間評価ではS+の評価を得た。以下簡潔に内容を説明する。[対称性の制御] 本研究の開始時から継続してきた、単層WSe2と黒リン(BP)の積ファンデルワールス(VdW)ヘテロ接合における、面内に平行に流れるバルク光起電力を報告した論文が2021年の4月に出版された(T. Akamatsu et al., Science 372, 68 (2021))。その後、多様な物質への展開を推進している。[近接効果による電子相] これまで進めてきた、超伝導体NbSe2と強磁性体V5Se8のVdWヘテロ接合におおける、超伝導体NbSe2の強磁性分極の発見に関して、論文を投稿し、現在査読中である。この発見は、近接効果によって従来磁性を示すことのなかった2次元超伝導体において、超伝導が消失し強磁性・バレー分極を示すことを明らかにしたものである。今後は、強磁性体から超伝導体へのスピン注入に応用し、超伝導スピントロニクスを目指した研究を行う。[インターカレーション] これまでイオンゲート法による電界効果によって2次元物質表面へのキャリア蓄積の研究を進めてきたが、これを層状物質の相関へのインターカレーションが可能なデバイスに応用し、層間エンジニアリングの概念を導入した。まず、LiをインターカレートしたZrNCl超伝導体におけるBCS-BECクロスオーバー現象を発見し、論文にも出版した(Y. Nakagawa Science 372, 190 (2021))。この成功を受け、相関エンジニアリングによる2次元物質の電子相制御を本研究の第3のテーマに据えることとした。インターカレーションによる超伝導制御のみならず、磁性制御に関する研究も開始した。
1: 当初の計画以上に進展している
各項目、それぞれに進展があったが、特に新しい研究項目となったる[インターカレーション]に関する研究は、まったく予想を超えるものであった。まずその理由から説明する。[インターカレーション] LiをインターカレートしたZrNCl超伝導体において、Liの化学組成、すなわちキャリア密度を2桁にわたって制御することに成功し、低キャリア密度領域でる超伝導がBCS領域から変化しBEC的な振る舞いに近づくBEC-BECクロスオーバー現象を発見した。キャリア数制御によるクロスオーバー現象の実現は初めてであり、理論的にはこれは2次元物質でしか達成できないと考えられており、vdW2次元物質の重要性を示す大きな結果である。また、この結果はdW層状物質の層間エンジニアリングが物性制御にきわめて有効であることを示しており、本グループは早速2次元磁性体のインターカレーションなど、新たな物質系への適用を開始した。他にも当初のテーマでも特筆すべき成果があったのでこれを下記に説明する。[対称性の制御] バルク物質では空間群によって一意的に決定される対称性が、ナノ物質では数層から単層にしたり、積層することによって制御可能であることを示し、それによって物性も変化することを示した成果であり、今後の発展が大いに期待される。一方で、対称性の制御はMoS2の2つの結晶多型による光起電力応答の差異という新たな問題を生み出し、Akamatsu et al., Science (2021)の共著者であるUBCのYe教授と3R-MoS2に関する新たな共同研究が開始されるとともに、当グループのみならず他グループも新たなvdW接合系で研究が開始されている。一方、非線形伝導現象としては、3回対称性を有する(反転対称性の破れた)超伝導体PbTaSe2において、世界で初めて超伝導体におけるゼロ磁場下の非線形ホール効果を発見した。
[対称性の制御]ナノ物質は、バルクとは異なる対称性制御を可能にするという大きな特徴がある。今後は直接、対称性を低下させる摂動であるひずみ効果を導入して、さらにナノ物質のバルク光起電力を中心とした非線形伝導現象を解明してゆく。一方、非線形伝導現象として、最近明らかになったゼロ磁場下の超伝導状態における非線形ホール効果の機構について検討を進める。[近接効果による電子相]酸化物強磁性体(YIG)とMoSe2界面を用いたマイクロ波-可視光変換について、研究分担者の宇佐見准教授のグループとの共同研究を進めてきた。これまでにYIGにマイクロ波を照射すると強磁性共鳴が誘起され、それに合わせて、可視領域にあるMoSe2の励起子吸収のピーク位置が変化することを発見し、最近論文が出版された(Phys. Rev. B105, L121403 (2022))。本研究は、超伝導量子ビットの情報伝達を行うための量子トランスデューサの原理として今後の発展が期待される。宇佐見准教授は民間会社就職のため研究分担者を外れたが、岩佐が研究設備を引き継ぎ、今後は上記の研究を低温に拡張してより強い励起子―マグノン相互作用による高効率化を目指した研究を推進する。[インターカレーション]LiをインターカレートしたZrNCl超伝導体は、電子密度によって誘起されるBCS-BECクロスオーバーのはじめての観測例になった。BECでは通常のBCSとは異なる超伝導物性が期待され、それを探索する新たな系として期待されるが、まず、本系を対象にBEC状態での磁束のダイナミクスを明らかにする研究を行う。さらに、層状の2次元磁性体は、単層レベルの薄膜作製は困難でも、多層状態で多くの隙間を有するため、インターカレーションによるフェルミ準位制御によって、磁性ワイル半金属の磁性制御、カイラル異常など、特異な輸送現象を探索する。
すべて 2021 2020 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (12件) (うち査読あり 12件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (66件) (うち国際学会 31件、 招待講演 33件) 備考 (5件)
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