研究課題
研究開始時に掲げた[1]対称性の制御、[2]近接効果による電子相制御の2項目に加え、[3]インターカレーションを研究項目に掲げて研究を進めている。非常に残念なことに、共同研究者の宇佐見准教授が2022年3月をもって退職し民間会社に就職したため、[2]の一つのテーマであった酸化物強磁性体(YIG)/単層MoSe2ヘテロ接合に関する研究は継続ができなくなった。これまでの成果は退職直前にPhys. Rev. B105, L121403 (2022)に出版された。一方で、当初予定になかった事項として、東大島野グループとTaSe2における光誘起相転移に関する研究を行い、その成果がNature Physics誌(2021)に出版された。[1]については、21年4月にScience誌に単層MoSe2/黒リンの光起電力に関する論文を出版後、MoSe2の層数依存性に関する研究に展開し、現在論文執筆中である。また、超伝導体PbTaSe2の超伝導電流に対する非線形ホール効果を発見する(Nat Comm(2022)に出版)とともに、この物質の超伝導ダイ―オード効果の研究も進行するなど、非線形伝導に関する大きな進展であった。[2]についてはV5Se8/ NbSe2に関する研究が阪大越野教授ら理論グループを巻き込んだ共同研究に発展した。さらに新たな界面Cr3Te4/ TaSe2などに拡張した研究を進めている。[3]については層状物質の自由度を生かした物性開拓としてじわじわと世界的な興味が高まりつつある。2021年4月LixZrNClにおけるBCS-BECクロスオーバーに関する論文をScience誌に出版後、同物質系における磁束ホール効果に関する研究を継続した。また、Cr3Te4へのLiインターカレーションなど、物質系の拡張が進行しており、今後の展開が期待される。
2: おおむね順調に進展している
前項で記した通り、宇佐見准教授が共同研究者から離脱した。宇佐見氏が有するマイクロ波技術を継承することが困難なため、当該テーマの継続を断念し、[1][2]に関連した新物質の開拓にシフトすることを決断した。それ以外は非常に順調に研究が進捗した。最も意外だったのは、東大の島野教授との共同研究で、MBEで作製したTaSe2において、光励起下でのみ存在する新しい電荷密度波(CDW)状態が発見されたことで、Nature Physics 17, 909 (2021)に出版された。この成果は、バルク結晶のへき開では生成が不可能な、準安定相を大面積で形成できるMBEの強みが最大限に発揮された結果である。今回の研究期間においては、[1]の対称性の制御に関して、特筆すべき成果が上がっている。ひとつは、超伝導体PbTaSe2における超伝導電流の非線形ホール効果の発見である。極性をもつ伝導体がゼロ磁場下で示す非線形ホール効果は、ベリー曲率双極子に由来する新たな非線形伝導として注目を浴びているが、本研究ではそれを超伝導体に拡張し、超伝導での非線形ホール効果の観測に成功したものである。超伝導体として3回回転対称性のPbTaSe2を選びその観測に成功し、その値が従来の常伝導状態の信号よりも2桁程度大きくなることも明らかになった。またその機構として磁束の整流運動を提唱した。本論文は、Nature Communications 13, 1659 (2022)に出版された。もう一つは、極性半導体3R-MoS2における光電流効果、British Columbia大学のYe准教授との共同研究である。MoS2は積層様式によって対称性が変化することを光電流で検出した初めての成果として注目され、Nature Photonics 16, 469 (2022)に出版された。
本研究も終盤に入るため、本研究立案時の[1]については、得られた知見をまとめるような研究を現在行っている。対称性の制御で重要だったのは、WSe2/BP界面での対称性の低下である。対称性の低下を定量的に議論するために、現在ひずみ効果の研究を行っている。これによって、これまでナノチューブやvdWヘテロ構造の形成という異なる物質の性質をひずみ効果と比較することによって系統的に理解しようということ炉身である。現在WSe2にひずみを印加することでによってWSe2/BP界面と比較的近いバルク光起電力を観測しており、ナノ構造のバルク光起電力効果を統一的に理解する道を探りたい。また、非線形伝導においてもひずみ効果を導入する。これまで推進してきた非線形(非相反)伝導現象の中でも最も劇的な効果であるし、超伝導ダイオード効果の研究に発展させて、本研究プロジェクトをまとめたい。[2]に関しては、現在物質系を拡張しつつあるMBEによるvdWヘテロ接合研究を継続する。MBEはへき開法と異なり大面積試料の作製が可能であることからへき開法ではできない光を用いた分光学的研究が注目を集め始めており、分光法によって界面の性質を明らかにする研究を行う。本研究では途中から導入した[3]インターカレーションはvdW2次元物質の特性を利用して新物性を探索する強力な手法となるが、これが世界的にも徐々に認識されてきた感がある。本研究でもこれまで手掛けてきたvdW物質に対してインターカレーションを試みており、今後の成果が期待されるとともに、本研究終了後の新たなプロジェクト立案にも関連させたいと考えている。
すべて 2022 2021 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (11件) (うち国際共著 1件、 査読あり 10件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (41件) (うち国際学会 20件、 招待講演 14件) 図書 (1件) 備考 (2件)
Japanese Journal of Applied Physics
巻: 61 ページ: 031001
10.35848/1347-4065/ac4a08
Nature Communications
巻: 13 ページ: 1659
10.1038/s41567-021-01267-3
Physical Review Research
巻: 4 ページ: 013188
10.1103/PhysRevResearch.4.013188
Physical Review B
巻: 105 ページ: L121403
10.1103/PhysRevB.105.L121403
Science
巻: 372 ページ: 68-72
10.1021/acs.nanolett.0c04851
巻: 103 ページ: 205113
10.1103/PhysRevB.103.205113
巻: 372 ページ: 6538
10.1126/science.abb9860
Nature Physics
巻: 17 ページ: 909-914
Nano Letters
巻: 21 ページ: 4937-4943
10.1021/acs.nanolett.1c00497
巻: 12 ページ: 4201
10.1038/s41467-021-24190-w
Nanoscale
巻: 13 ページ: 14001-14007
10.1039/d0nr09189h
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2022-03-30-001
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_202104021333120169363733.html