研究課題/領域番号 |
19H05631
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
山下 正廣 東北大学, 理学研究科, 客員研究者 (60167707)
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研究分担者 |
高石 慎也 東北大学, 理学研究科, 准教授 (10396418)
井口 弘章 東北大学, 理学研究科, 助教 (30709100)
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研究期間 (年度) |
2019-06-26 – 2024-03-31
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キーワード | 金属錯体化学 / 電子物性 / 強相関電子系 / 配位高分子 / 表面・界面 |
研究実績の概要 |
一次元臭素架橋錯体において、平均原子価Ni(III)状態のモットハバード (MH) 相をとるNi錯体と、混合原子価Pd(II)/(IV)状態の電荷密度波 (CDW) 相をとるPd錯体のヘテロ結晶を電気化学的エピタキシャル法により合成し、走査型トンネル顕微鏡で原子分解能の構造と状態観察を行った。ヘテロ接合領域では、両端はNi錯体とPd錯体のパターンがそれぞれ確認され、原子レベルの接合部ではどちらのパターンからも変調された相が金属5サイト (~2.5 nm) の長さに渡って現れた。これは紛れもなく二種類の一次元鎖が原子レベルで繋がっていることを示す直接的証拠である。2012年にイギリスのグループが二次元物質のヘテロ接合を初めて原子レベルで明らかにしたと報告しているが、このヘテロ結晶のSTM観察は一次元電子系のヘテロ接合を原子レベルで解明した世界で初めての成果となる。 一方、多孔性を導入した一次元塩素架橋Pt錯体において、一次元チャンネルからの水分子吸脱着に伴う構造や物性変化の追跡を行った。脱水後の単結晶X線構造解析から、一次元チャンネルに電子密度が存在しない空の状態の構造を決定することに成功した。この脱水状態のフレームワーク構造は吸着状態の構造と全く同一であり、MX錯体のフレームワークは非常に強固で多孔性材料として優れていることが分かった。更に、磁性を持つ対アニオンのMnCl5錯体は水分子が吸着した状態では遅い磁化緩和を示すのに対し、脱水後では磁化緩和が著しく速くなることが明らかになった。これは、吸着状態では水分子によるフォノン散乱が支配的になることで磁化緩和のフォノンボトルネック効果が起きたためと考えられる。多孔性分子磁石はこれまで多数報告されているが、ほとんどの場合、磁性の変化は構造変化に起因する。フォノン散乱によるものは報告されておらず、極めて珍しい磁気緩和現象を発見した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
Pt(III)AV相の実現による革新的電子物性の創出:これまで検討してきた長鎖脂肪族系対アニオンでは結晶性に問題があり、Pt(III)状態ができていたとしても証明することは困難であることが分かった。そこで、アニオン部位の多重水素結合により結晶性が良くなると期待されるグリシン鎖を導入する設計指針を立てた。目的とするPt(III)状態は現時点では未達成であるが、この分子設計により物性測定とSTM原子分解能観察が可能になると見込まれる。残りの期間で新規錯体の合成と物性測定並びにSTMを実施し、Pt(III)状態を実現する。 ナノヘテロ界面制御を利用した新電子相の開拓と物性探索:モット絶縁体のNi錯体と電荷密度波絶縁体のPd錯体のヘテロ結晶のSTM観察を原子分解能で達成し、一次元ヘテロ接合を実証した。そして、ヘテロ結晶の電気測定を実施し、非線形の電流電圧特性を明らかにした。また、このヘテロ結晶の電気特性が朝永-Luttinger液体状態という特異的な電子状態を発現することも見つけた。従って、このテーマは想定を上回るペースで順調に進展している。今後は多層ヘテロ構造に着手する。更に予見していなかった結果として、このヘテロ結晶の電気特性は異常な温度依存性を示すことが分かった。特に、低温部で1.7 meVと劇的に小さくなった。そのメカニズムは現時点では不明であるが、半導体ながら極めて活性化エネルギーの低い良導体材料としての展開が期待される。 MX錯体への多孔性の導入による化学ドーピングの実現:多孔性のMX錯体を合成し、水分子の吸脱着による遅い磁気緩和の変化を捉えることに成功した。従って、このテーマは順調に進展している。今後は、細孔サイズを大きくすることでドナー・アクセプター分子を吸脱着できる様な構造体を合成し、吸着分子とMX鎖間の相互作用による電子状態や磁気特性の制御を達成する。
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今後の研究の推進方策 |
Pt(III)AV相の実現による革新的電子物性の創出:効果的な水素結合ネットワークで強い化学圧力効果が期待されるグリシン鎖を対アニオンへ導入する。対アニオンのベースにスルホ酢酸を用いる。これを塩化チオニルで酸塩化物化することで活性化し、グリシン鎖のアミン部位とアミド結合させる。これまでの検討で、酸塩化物に対しメタノールを反応させることでメチルエステルを合成できた。今後はグリシン鎖を入れたアニオン合成を行う。グリシン鎖は市販品があるので、エステル化反応でC端をメチル化して用いる。グリシンを持たない対アニオンは、対アニオン間で水素結合できないため、MX錯体に導入すれば混合原子価Pt(II)/(IV)状態になる。グリシン鎖を一つずつ伸張し、どの長さでPt(III)状態へ転移するか系統的に検証する。 ナノヘテロ界面制御を利用した新電子相の開拓と物性探索:Ni錯体とPd錯体の2層ヘテロ構造はできたので、今後は3層や4層以上の多層ヘテロ構造のデバイスを作製し、電気物性を明らかにする。一方、フェルミエネルギー近傍の積分型光電子スペクトルをとれば、MX錯体が朝永-Luttinger液体状態にあることを完全に証明できる。この実験は放射光が必要であり、広島大HISORでの実験を計画中である。 MX錯体への多孔性の導入による化学ドーピングの実現:ドナー・アクセプター分子が入る細孔を持つMX錯体のフレームワークを作る。既に合成しているdabdOH配位子に4-ピリジンカルボン酸をエステル結合で組み込む。先に置換不活性なPt(II)ジアミン錯体にしておくことでアミノ基が塞がるので、基質はOH基に選択的に入る。ハロゲン酸化によりPt(IV)錯体を合成し、これとPt(II)錯体とゲスト金属イオンを作用させることで、自己組織化的にフレームワークを組み上げる。
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