研究課題/領域番号 |
19H05638
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
矢崎 一史 京都大学, 生存圏研究所, 教授 (00191099)
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研究分担者 |
粟野 達也 京都大学, 農学研究科, 助教 (40324660)
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研究期間 (年度) |
2019-06-26 – 2024-03-31
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キーワード | 植物細胞 / 脂質分泌 / バルク輸送 / ABCトランスポータ / 膜ダイナミクス / シコニン |
研究実績の概要 |
生理活性の高い数多くの二次代謝産物を特定の細胞から細胞外に分泌し、アポプラスト(細胞外スペース)に蓄積する。しかし、水に溶けない物質を含有した脂質一重膜の油滴が、どのようなメカニズムで水を主とするサイトゾルを細胞膜に向けて移動し、細胞を殺すことなく分泌されうるのか、その分子メカニズムは依然として未知のままである。 本研究でモデル実験系として用いるムラサキの培養細胞は、重量あたり10%を超える脂溶性物質のシコニン誘導体を細胞外に分泌する。この系を用いて、植物細胞からの脂質のバルク輸送を司る輸送マシナリーの構成メンバーの同定と、輸送メカニズムの分子機構を明らかにすることを目的とする。 本年度は、研究計画の中で一つのハードルであった、ムラサキへの遺伝子導入で進捗があった。ムラサキの安定形質転換系には、Rhizobium (Agrobacterium) rhizogenes を介した毛状根形質転換系使うが、世界的にはアメリカ産のATCC15834株が標準的に使われる。しかしこの株はわが国において輸入禁止品であり、共同研究者とのリソースの交換ができない。そこで、国産のA13株を用いて植物材料と選抜条件を根本的に見直し、遺伝子導入効率 50 -70%を達成した。また、一過的遺伝子ノックダウン系であるウイルス誘導性遺伝子サイレンシング(VIGS)に関しても、使用可能なウイルスの種類と感染条件などを決定した。サイレンシングが目視で評価できるモデル遺伝子としてphytoene desaturase (PDS)遺伝子をターゲットとし、VIGSによるムラサキ内在性PDSのサイレンシングに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、研究計画としてA) からF) の6項目の実験項目を立てている。そのうち、方法論的に最初に確立しないといけない研究内容が、A) 膜ダイナミクスに関わるメンバーの絞り込み、B) Virus-Induced Gene Silencing (VIGS) による機能解明、 C) 毛状根形質転換系を用いた遺伝子機能解析、の3つである。A) の項目に関しては、第一優先の遺伝子16種類に加えて、13個の第二優先の遺伝子リストができており、現在発現量の極端に低いものを除外する絞り込みの作業を行っている。現在、この作業はほぼ完了している段階にある。B)のVIGSに関しては、ムラサキで使用できるウイルスを3種類試し、最も適したウイルスを決定できて、モデル遺伝子であるPDSを用いたサイレンシングにも成功した。この研究成果に関して論文は投稿済みで、現在審査中の状態である。C)の安定形質転換系に関しては、今年度でメソッドが確立できた。無菌植物体を使うことと、セレクションの条件を詳細に調べなおすことで、遺伝子導入効率 50 ~ 70% を達成できた。この成果に関しては本年度論文として発表した。 残り3項目は、D) 脂質分泌時における膜のダイナミクスの解明、E) タンパク質ータンパク質相互作用の解析、F) 高圧凍結置換固定法を用いた脂質輸送に関わる細胞内小器官の電顕解析である。そのうち、E) のタンパク質相互作用に関しては、タグを付加したタンパク質を Nicotiana benthamiana をホストとして発現させ流刑を確立しているところである。D) の項目は、F) の電顕観察とリンクしている。現在分担者の研究室で、毛状根を用いた高圧凍結法による透過型電顕の条件検討の確立を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
令和元年度の実績でムラサキにおける高効率の安定形質転換系が確立されたことから、A) で絞り込んだ膜ダイナミクスに関わるメンバーに関して、それぞれの遺伝子のシングルノックアウトを行う。この中には、新たに見出したフルサイズのABCG (PDR-type) トランスポータが含まれる。現時点で論文未発表であるが、ムラサキ毛状根においてゲノム編集ができるようになっているため、単一、あるいは3コピー程度の類似遺伝子のノックアウトは可能になっている。その一方、ムラサキのゲノム配列が中国から昨年報告されたことを受け、本研究で標的としている遺伝子がどの程度のコピー数を持っているかを調べることが可能となった。いくつかの候補遺伝子に関して予備的に調べたところ、遺伝子によりコピー数は大きく変わっており、例えばシコニンの生産と正の相関を持つ LeDI2 遺伝子に関しては、ゲノム中に約30コピーがタンデムに並んでいることが分かった。このような遺伝子の場合にはゲノム編集による数遺伝子の破壊で表現型に変化を認めるのは期待できず、VIGSを介した一過的なサイレンシングを行うアプローチが必要である。個々のターゲット遺伝子に関して、こうしたゲノム上のコピー数や発現量、配列の相同性を詳細に比較し、その結果如何で、安定形質転換系を介したゲノム編集が適しているか、一過的なノックダウン系であるVIGSを適用すべきかを判断する必要がある。今後はこのインフォマティックス作業を優先し、研究の効率的な推進を図る計画である。
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