研究課題
植物は生理活性の高い数多くの二次代謝産物を特定の細胞から細胞外に分泌し、アポプラスト(細胞外スペース)に蓄積する。しかし、水に溶けない物質を含有した脂質一重膜の油滴が、どのようなメカニズムで水を主とするサイトゾルを細胞膜に向けて移動し、細胞を殺すことなく分泌されうるのか、その分子メカニズムは依然として未知のままである。本研究でモデル実験系として用いるムラサキの培養細胞は、重量あたり10%を超える脂溶性物質のシコニン誘導体を細胞外に分泌する。この系を用いて、植物細胞からの脂質のバルク輸送を司る輸送マシナリーの構成メンバーの同定と、輸送メカニズムの分子機構を明らかにすることを目的とする。本年度は、脂質分泌に広く関わる G-typeのABC輸送体(ABCG)を含むABC輸送体のムラサキ・ゲノムにおける全容を解明するため、トランスクリプトームを組み合わせて、ムラサキの全ABC輸送体のインベントリーを DNA Res. に発表した。その中に、ムラサキ特異的に増幅したABCGのクレードを見出し、ゲノム編集クローンの作成に進んだ。また、シコニン分泌がトリアシルグリセロール(TAG)をマトリックス脂質として細胞外分泌されることをJ. Exp. Bot. に論文化した。この論文では、植物細胞において分泌される分子と細胞内の貯蔵用TAGとでは、脂肪酸の組成が明確に異なることを報告した。なお、このTAG分泌は、ムラサキだけに特異的な現象ではなく、タバコ植物体でも同様に表皮細胞から分泌に特化したTAGが見出された。電子顕微鏡解析においては、昨年開発した改良型の化学固定法を利用して、膜ダイナミクスを阻害するサイトカラシンDやブレフェルジンAの効果を細胞内の油滴に着目してその効果を評価した。また、新規化学固定法の固定剤を凍結置換固定法に応用し、従来法よりも細胞内膜系が高コントラストで観察できることを確認した。
3: やや遅れている
A) 解析すべきABCタンパク質メンバーを見落とさないよう、ゲノムレベルでの解析を行い、DNA Res. に発表した。着目すべき点として、ムラサキ特異的に増幅したABCGのクレードを見出した。また、ゲノムとトランスクリプトームの解析により、脂質の生産に関わるマスターレギュレータと思われる転写因子を見出した。これに関して、ゲノム編集ベクターの作成とムラサキへの導入の実験ルートに乗せた。B) については、VIGSに変えてゲノム編集(安定形質転換体)のアプローチに変更している。C) R4年度は、脂質の分泌に関して一つの鍵を握るCys-rich タンパク質のLeDI-2について、複数のゲノム編集クローンを作成した。D) LeDI-2のゲノム編集クローン内で編集効率の高かったクローンに関して脂溶性物質をターゲットとしたメタボローム解析を行った。その結果、特定のポーラーリピッドが著しく減少するとともに、シコニンを含むほぼ全てのメロテルペン系代謝産物の現象が見出された。E) TAGがシコニンとともに細胞外に分泌されることに着目し、LeDI-2と一連のTAG生合成酵素との相互作用を明らかにすることに着手した。R4年度末までに一連の遺伝子を持つ発現ベクターの構築を行った。翌年度の解析に進める。F) 脂質輸送阻害剤投与した毛状根を新規化学固定法で固定し観察した。サイトカラシンD投与では表皮および皮層外側の細胞、ブレフェルジンA投与では根端のほぼ全細胞で、細胞質に脂肪滴の蓄積が見られた。アクチン脱重合やトリアシルグリセロール輸送阻害による脂肪滴の輸送阻害が示唆された。また、新規化学固定法の固定剤を凍結置換固定法に応用し、従来法よりも細胞内膜系が高コントラストで観察できることを確認した。研究開始当初の予定にあった免疫電顕に関しては、バックグラウンドの低い抗体が得られず、遅れが見られる。
R5年度は最終年度であるため、データを順次論文化する。現在、ハーフサイズABCG輸送体の解析と、LeDI-2に関する包括的な解析、さらに本遺伝子のゲノム編集クローンにおけるメタボローム解析に関しては、それぞれ論文投稿へと進む予定である。これまでの候補タンパク質のデータから、単独の高発現ではワックスやクチンのような脂溶性ポリマーの分泌には大きな変化はなく、むしろ低分子化合物の分泌に影響が見られた。これは、脂溶性物質の分泌が、低分子と高分子で異なったパスウェイがあることを示唆している。この可能性を視野に入れ、取得したコンポーネントに関してデータを取りまとめ、論文化を進める。R4年度の新たな取り組みである、TAG生合成酵素群とLeDI-2との相互作用解析に関しては、タグを用いた共免疫沈降の実験に進め、LeDI-2を中心としたメロテルペン系脂溶性低分子とマトリクス脂質の分泌の同調に関して明らかにする。輸送マシナリーに関与するメンバーの免疫電顕に関しては、実験に使える良い抗体が得られておらず、達成は困難と見込まれる。その代わりに、R4年度のゲノム解析から、脂質の生合成や輸送を包括的に制御する転写因子を同定した。この遺伝子の転写ネットワーク解析を通じて、新なアプローチによる輸送マシナリーメンバーの発見が期待される。本転写因子に関しては、統計解析のためにゲノム編集クローンの生物学的反復を増やし、R5年度内に論文化を目指したい。電子顕微鏡解析においてはさらに、新規化学固定法の固定剤を凍結置換固定法に応用し、シコニン分泌が盛んなムラサキ毛状根の根端表皮細胞における脂肪滴の生産や輸送、細胞外への分泌に関与する細胞内膜系のよりインタクトな観察を行う。氷晶形成により凍結固定がうまく行かない場合は、次善の策として化学固定により前固定した毛状根を凍結置換固定するハイブリッド固定法により対応する。
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Plant and Cell Physiology
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