研究課題
本研究では、分裂酵母と動物細胞を材料に、(1) エネルギー代謝、(2) 低酸素応答、 (3) アミノ酸代謝、(4) 脂質代謝のそれぞれについてスクリーニングによって得られた独自の材料を使って代謝物の新機能発見に迫る。なお、本研究を進めるにあたり、内在性代謝物ライブラリーのさらに拡充を進めた。(1) エネルギー代謝の化学遺伝学:我々はSIRT2に脱長鎖アシル化酵素活性が存在することを見いだし、その際大きな疎水性ポケットが形成され、アシル化リジンを取り込んで反応が進むことを明らかにした。しかし、一旦脱長鎖アシル化反応を行った酵素は、生成されたO-アシル-ADPリボースによって脱アセチル化反応が阻害されることが示唆された。そこでSIRT2とO-アシル-ADPリボース複合体の結晶構造を決定し、疎水性ポケットに結合していることを明らかにした。(2) 低酸素応答の化学遺伝学:翻訳因子eIF5Aのハイプシン化が細胞の低酸素センサーの一つとして機能してミトコンドリア呼吸から解糖系への代謝のシフトに関係する可能性を調べるため、その阻害によってミトコンドリア形態に影響があるかを検討した。その結果、ハイプシン化酵素阻害剤によってミトコンドリア形態に違いが見られ、酸化的リン酸化が低下していることが明らかになった。(3)アミノ酸代謝の化学遺伝学:窒素カタボライト抑制を解除する新規フェロモン様分子の発見経緯に基づき、分裂酵母の遺伝子破壊株コレクションを用いて網羅的なスクリーニングを行った。3400余りの遺伝子破壊株の中から特定の培地で生育せず、野生株コロニーの周辺でのみ適応生育を示すものとして31株を同定した。(4)脂質代謝の化学遺伝学:奇数鎖長脂肪酸が分裂酵母の生育を抑制する分子機構を解明するため、分裂酵母のケミカルゲノミクス法によって感受性を規定する遺伝子のスクリーニングを行い、感受性関連遺伝子を同定した。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、化学遺伝的アプローチにより、代謝物の新機能と翻訳後修飾をはじめとする代謝制御機構の解明を目指している。2019年度は、きわめて重要なツールとなる内在性代謝物ライブラリーについて拡充を進めるとともに、特にエネルギー代謝、低酸素応答、アミノ酸代謝、脂質代謝に注目し、新しい代謝調節分子や内在性代謝物による代謝制御の解析を開始した。その結果、SIRT2脱長鎖アシル化反応生成物であるO-アシル-ADPリボースが内在性のSIRT2脱アセチル化阻害剤になっている可能性が明らかになった。また、内在性代謝物ライブラリーを用いたスクリーニングからSIRT2や低酸素応答を誘導する新たな阻害物質が得られつつある。さらに特定の培地で生育せず、野生株コロニーの周辺でのみ適応生育を示す分裂酵母変異体を同定した。加えて奇数鎖脂肪酸による生育抑制において、感受性を規定する遺伝子を同定することができた。このように、当初の計画通り、おおむね順調に進展している。
(1) エネルギー代謝の化学遺伝学:SIRT2は脱長鎖アシル化酵素活性を有し、基質アシル化リジンが存在すると、大きな疎水性ポケットが形成され、基質を取り込んで反応が進むことを明らかにしたが、一旦脱長鎖アシル化反応を行った酵素は、脱アセチル化反応が全く起こらず、脱長鎖アシル化反応のみをもつことがわかった。これは、反応生成物であるO-アシル-ADPリボースが疎水性ポケットと安定に結合して脱アセチル化を阻害する一方、長鎖アシル化基質はO-アシル-ADPリボースを酵素から追い出して反応するのではないかと考えている。そこで今後は化学合成したO-アシル-ADPリボース誘導体が脱アセチル化選択的な阻害剤になるかどうか、基質による追い出し反応が起きるかどうかを検証する。また、がん細胞のワールブルグ効果を抑制し、呼吸の活性化を誘導する天然物誘導体Tryptolinamideの作用機序を解明するため、メタボローム解析から得られた候補標的分子への直接の作用を検討するとともに、ゲノム編集を用いてノックアウト細胞を作成し、その表現型を検討する。(2) 低酸素応答の化学遺伝学:翻訳因子eIF5Aの翻訳後修飾ハイプシン化が酸素濃度によって制御されることを酵素レベルで検証する。さらに、低酸素下のハイプシン不全によってなぜミトコンドリアタンパク質の翻訳が選択的に抑制されるのか、最新技術であるリボソームプロファイリングを用いて解明する。(3) アミノ酸代謝の化学遺伝学:窒素カタボライト抑制(NCR)を解除する新規フェロモンの発見経緯に基づき、野生株コロニーの周辺でのみ適応生育するアミノ酸等の生合成変異株をさらに探索する。(4) 脂質代謝の化学遺伝学:奇数鎖長脂肪酸が特異的に分裂酵母の生育を抑制する分子機構を解明するため、分裂酵母のケミカルゲノミクス法によって感受性を規定する遺伝子の機能解析を開始する。
共同研究グループは、既存のリボソームプロファイリング法を改良し、リボソームの流れが渋滞した時に生じるリボソーム二つが衝突した複合体ダイソームから得られるmRNA断片を次世代シーケンサーにより解析する手法を開発し、「ダイソームプロファイリング法」と名付けた。そして、この新手法を用いて、リボソーム渋滞の位置を網羅的に同定することに成功した。
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すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 2件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (40件) (うち国際学会 17件、 招待講演 6件) 備考 (1件)
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