研究課題
本研究では (1) エネルギー代謝、(2) 低酸素応答、 (3) アミノ酸代謝、(4) 脂質代謝、(5) タンパク質アシル化、(6) RNA代謝について化学遺伝学研究を推進した。(1) エネルギー代謝: SIRT2の脱長鎖アシル化反応の生成物が脱アセチル化反応の内在性阻害因子であるにもかかわらず、脱長鎖アシル化反応は進行する機構を解析するため、MDシミュレーションを行ったところ、アシル化基質と酵素の複合体はきわめて安定だったのに対し、反応生成物と酵素の複合体は揺らぎが大きく、解離しやすいことが示唆された。 (2) 低酸素応答:低酸素応答を誘導するN-アシルドーパミンの生合成経路の解明を試み、リン脂質アシル基転移酵素として知られているPLAAT2をドーパミンアシル化酵素として同定した。(3)アミノ酸代謝:分裂酵母の窒素カタボライト抑制(NCR)の制御機構を解析するため、ロイシン要求性株のロイシン取り込みを指標として各種アミノ酸の効果を調べたところ、良好な窒素源ではないメチオニンがNCRを誘導することを見いだした。このメチオニンによるNCRも窒素代謝制御因子NSFの添加によって解除された。また、シデロフォアがNCRを抑制すること、NCRを制御する未同定の揮発性分子の存在がわかった。(4)脂質代謝:奇数鎖脂肪酸が脂質代謝に与える変動を網羅的に検出し、特定の脂質種の増加を明らかにした。(5) タンパク質アシル化:転写因子TEADのリジン残基の長鎖アシル化の内在性阻害剤の探索を実施し、得られたヒット化合物について、TEADの転写活性に対する影響を検討した。(6) RNA代謝:スプライシング調節薬SSAによってイントロンを含むタンパク質の生産が認められ、これらの多くが凝集体を形成し、ストレス応答を引き起こすことが明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、化学遺伝的アプローチにより、代謝物の新機能と翻訳後修飾をはじめとする代謝制御機構の解明を目指しており、これまでの取り組みによって内在性代謝物の新たな機能が多数見出され、その機序が明らかになってきた。2021年度は、これまでに確立した内在性代謝物ライブラリーを用いて、エネルギー代謝、低酸素応答、アミノ酸代謝、脂質代謝、タンパク質アシル化、RNA代謝の新しい代謝調節分子や内在性代謝物による代謝制御の解析を実施した。その結果、SIRT2脱長鎖アシル化反応生成物であるO-アシル-ADPリボースが内在性のSIRT2脱アセチル化阻害剤になっているにも関わらず、脱長鎖アシル化反応が進行する機構を理解するため、分子動力学シミュレーションを実施した。また、内在性代謝物ライブラリーを用いたスクリーニングからSIRT2や低酸素応答を誘導する新たな阻害物質、転写因子TEADの長鎖アシル化の阻害物質候補が得られており、それらの作用機序解析を進めた。さらに解糖系を制御する酵素PFK1を阻害する化合物によるミトコンドリア機能の活性化、窒素カタボライト抑制を引き起こす新たなアミノ酸の発見、窒素カタボライト抑制を制御する新たなフェロモン様因子、奇数鎖脂肪酸による分裂酵母生育抑制、スプライシング阻害の結果引き起こされるイントロン配列の翻訳とそれによるタンパク質凝集体形成とストレス応答の誘導など、多くの興味深い現象の発見とそのメカニズムについても解析が進んでいる。このように、当初の計画通り、おおむね順調に進展し、一部については想定外の発見も生まれている。なお、これまでの研究の進捗は非常に高く評価され、中間評価の結果はA+であった。
(1) エネルギー代謝:SIRT2は一旦脱長鎖アシル化反応を行うと、脱アセチル化酵素活性を失う。これは、反応生成物O-アシル-ADPリボースが脱アセチル化を阻害する一方、長鎖アシル化基質はそれを酵素から追い出すためであると考えられる。O-アシル-ADPリボースと長鎖アシル化基質の交換反応が、両者の親和性の違いによる平衡状態の遷移なのか、動的な構造変化を伴うものなのかを解析するため、蛍光偏光法等を用いて解離速度の変化を測定する。また、翻訳因子eIF5Aのハイプシン化がミトコンドリアの呼吸機能を維持する機構を解析する。(2) 低酸素応答:N-アシルドーパミン産生がん細胞において、N-アシルドーパミン生合成酵素として同定したPPLAT2のがん細胞における機能を検討し、N-アシルドーパミンがオンメタボライトであることを実証する。(3) アミノ酸代謝:窒素カタボライト抑制(NCR)を解除するNSFの応答機構を解析するとともに、NCRを誘導する内在性代謝産物としてメチオニンとNCRを解除する分子としてシデロフォアを見出したので、その機序についても解析する。NCRを制御する揮発性分子についてはまず、分子種を特定する。(4) 脂質代謝:奇数鎖長脂肪酸は分裂酵母において特定の脂質種を増加させることが分かった。特徴的な細胞形態の変化と、リピドームの変動との関連を、脂質代謝や細胞形態に関わる因子を探索することで明らかにする。(5) タンパク質アシル化:同定した転写因子TEADのリジン長鎖アシル化の内在性阻害剤候補について、実際に細胞内でアシル化を阻害して、TEADの活性に影響を与えるかどうかを検証する。(6) RNA代謝:スプライシング調節薬SSAによるイントロン翻訳物の生物学的意義について解析を進める。
すべて 2022 2021 その他
すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (9件) (うち国際共著 2件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (16件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件) 備考 (3件)
ACS Chem. Biol.
巻: 17 ページ: 207-216
10.1021/acschembio.1c00867
BIOMEDICINES
巻: 9 ページ: 581
10.3390/biomedicines9050581
BIOLOGY OF REPRODUCTION
巻: 105 ページ: 543-553
10.1093/biolre/ioab096
Cell Chemical Biology
巻: 29 ページ: 259-275
10.1016/j.chembiol.2021.07.015
Journal of chemical information and modeling
巻: 61 ページ: 4156-4172
10.1021/acs.jcim.0c00993
G3 (Bethesda)
巻: 11 ページ: jkab156
10.1093/g3journal/jkab156
JOURNAL OF ANTIBIOTICS
巻: 74 ページ: 603_616
10.1038/s41429-021-00450-1
実験医学
巻: 39 ページ: 954-957
ケモテクノロジーが拓くユビキチンニューフロンティア ニュースレター
巻: 3 ページ: 37-39
https://www.riken.jp/press/2021/20210330_1/index.html
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220112-1.html
https://www.riken.jp/press/2021/20210914_1/index.html