研究課題/領域番号 |
19H05644
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
森 郁恵 名古屋大学, 理学研究科, 教授 (90219999)
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研究期間 (年度) |
2019-06-26 – 2024-03-31
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キーワード | 神経回路 / ばらつき / 光遺伝子 / 光操作技術 |
研究実績の概要 |
本研究は、機能的ネットワークの状態および個体の行動状態をモニターしながら、それらの状態に応じてAFDなどの単一ニューロンの光操作を行うリアルタイム光操作技術、および機能的ネットワークの状態を操作する技術を開発し、それにより特定のニューロンの活動が「ばらつきのある行動」に変換されるまでの一連の情報処理プロセスを明らかにすることを目指している。 前年度までに導入したスピニングディスク共焦点顕微鏡と組み合わせて、高倍率下で自由行動中の線虫を追尾し、蛍光イメージングと同時に光刺激を行うシステムが整い、実際の実験を進めている。また同じく前年までに導入した計算サーバを活用し、取得したデータの解析や保守も円滑に進めることができた。さらに開発が活発な光遺伝学ツールの中でも、顕著な性能を示すものを新たに導入し、信頼性の高い実験条件も構築が進んだ。研究を進める上で作成している遺伝子組換え体や、実験プロトコル、解析プログラムなども蓄積されており、今後のさらなる発展を支える体制が構築されている。 当初計画では予想をしていなかった成果も得られつつあり、過去に経験した温度付近で前進行動を持続するIsothermal Tracking (IT)に関する制御遺伝子、制御神経細胞の候補が絞られており、目標であるばらつきのある行動に関する情報処理プロセス解明の糸口となる可能性も期待される。また当初、特定の神経細胞の活動と、周辺神経細胞の活動の関連のみを想定していたが、神経細胞だけではなく神経以外の組織細胞にまで目をむけ、腸や筋肉など、非神経系と神経系の相互作用についても成果が出つつあり、これについても発展的な成果が期待される。今後、当初計画の実施に邁進するとともに、新たに得られた結果をもとに、発展的な研究も同時に進めることで、目標達成とその社会的意義を高めることを目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新しい光遺伝学ツールの利用として、線虫の温度感覚ニューロンAFDに青色光駆動型カチオンチャネルCoChRと赤色カルシウムセンサーXCaMP-Rを発現させたトランスジェニック系統を用い、青色光によってAFDを活性化させながらAFDのカルシウム応答と行動出力を同時に計測するためのシステム開発に取り組んだ。さらに自由行動する線虫の動きに合わせて顕微鏡可動ステージを制御して線虫を追尾し、フォーカスを調整しながら、実験者が決めた任意のタイミングで青色光を照射する実験を行うため、Xboxコントローラを介したマニュアル制御システムを開発した。自由行動中の線虫のニューロンに対してカルシウムイメージングを実施する際には、サンプルの運動やフォーカスのずれに起因するノイズを低減させるために、レシオメトリックなカルシウムセンサーを使用することが望ましい。しかしながら、現在多く使われているレシオメトリックなカルシウムセンサーは青色光を励起光とするものであり、光刺激を行う際にある程度の制限が課される。そこで、カルシウムセンサーXCaMP-Rが発現しているAFDとは別のニューロンや組織に赤色蛍光mCherryを発現させ、それらをリファレンスシグナルとする実験も進めている。 またZ軸方向の線虫の運動を制限してフォーカスのずれを防ぎ、線虫の移動速度を低減させるため、2mm程度の薄いアガロースパッドとカバーグラスの間で線虫を行動させるためのサンプル調整を行なった。これまでは温度走性アッセイに用いられる寒天培地を用いていたが、アガロースパッドとカバーガラスを用いることで、青色光依存的なAFDのカルシウムシグナルの上昇が観察しやすくなる傾向が見られた。これらの改善、発展により目標を達成するための複数の仮説検証実験が進められた。
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今後の研究の推進方策 |
これまで開発を進めてきたリアルタイム光操作技術の成果として、介在神経細胞など、細い形状の神経突起からも自由行動中に神経活動を計測できるようになってきたため、この技術を活かし、RIM神経細胞など、これまで計測していなかった神経細胞も測定対象に含めて実験を行う。また、これまでも積極的に利用、開発してきた深層学習を用いた高速な物体認識の検出器について引き続き改良を重ね、洗練させていく。そしてこれらの成果を基盤として最終的な目標である 行動のばらつきを生成する神経回路メカニズムの解明に寄与する研究を進める。 具体的な実験の一つとして、引き続き温度感覚ニューロンAFDにカルシウムセンサーを発現させた系統を用いて、AFDの活性化によって誘導される行動を計測し、行動出力のパターン頻度を解析する。また、AFDが活性化される直前に線虫がとっていた行動状態や姿勢に着目した解析を行い、刺激が入力されたタイミングによってその後の行動出力がどのように変わるかを解析する。 温度走性において過去に経験した温度付近で前進行動を持続するIsothermal Tracking (IT)についても、本研究によって開発に成功したシステムを駆使して解析を進めることで、動物行動のばらつきの切替え機構解明を進める。本研究のこれまでの成果として、RIM神経細胞の関わりが示唆されているため、上記のリアルタイム光操作技術を適用することで神経機構に注目して研究を進める。さらに計画当初想定していなかった発展として、神経系の構造的ネットワークに依存しない非神経細胞・組織全体が関わる仕組みについても成果が得られつつあるため、この発展も視野に入れ、開発を進めてきたリアルタイム光操作システムや、高感度カルシウムインディケータを活用することで、細胞・組織に起因するシグナル分子の発見とその分子機構ついても解析を行う。
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