研究課題/領域番号 |
19H05645
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
杉田 有治 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 主任研究員 (80311190)
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研究分担者 |
伊藤 隆 東京都立大学, 理学研究科, 教授 (80261147)
優 乙石 前橋工科大学, 工学部, 准教授 (90402544)
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研究期間 (年度) |
2019-06-26 – 2024-03-31
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キーワード | 分子動力学 / 細胞内環境 / 液液相分離 / 蛋白質構造柔軟性 / 酵素反応 |
研究実績の概要 |
細胞内分子混雑環境における蛋白質立体構造とその動的な性質、特異的あるいは非特異的な分子間相互作用を理解することは、生命科学の諸問題の解決に重要である。細胞内環境における生命現象を原子・分子レベルで理解するためには、構造解析、生化学や機能解析などの従来から用いられている生命科学の手法に加えて、分子の動的構造と相互作用を理解できる手法が必要である。そのために、計算科学、特に分子動力学(MD)シミュレーションを用いて、蛋白質などの生体高分子の長時間ダイナミクスと、細胞内に存在する他の多くの生体高分子との相互作用の解析を行う。本研究で答えるべき学術的「問い」として、細胞内環境における酵素反応や液液相分離中の蛋白質動的構造の理解を掲げ、この問いに答えることのできる計算科学的手法とソフトウェアを開発する。本研究では主にQM/MMと粗視化(CG)MDの開発を進めた。QM/MM計算を行うために既存の量子化学プログラムの実行ファイルをシステム関数でMDソフトウェアGENESISから呼び出していたが、本研究で高速な量子化学プログラムQSimulateをライブラリとしてGENESISから呼び出す方式を採用した。これにより、計算を遥かに高速化することができ、酵素の反応経路探索と自由エネルギー計算をQM/MMモデルを用いて効率的に実行できるようになった。CGMDで細胞内環境を考慮した計算を行うためには並列アルゴリズムを新規に開発して百万から数億粒子を含む分子系のマルチスケールMDシミュレーションを可能にした。また、開発したプログラムを用いた応用研究として、トリプトファン合成酵素TRPSの酵素反応・構造変化・基質拡散に関するマルチスケールシミュレーションや、GRB2やDrkの溶液中の分子構造についての計算・実験連携の研究を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
予想を超えるスピードで分子動力学プログラムGENESISの新機能としてマルチスケールシミュレーションを実施するプログラムを開発できた。また、開発したプログラムと計算手法の多くはフリーソフトウェアとして広く公開している。量子化学計算のコストが高いため、QM/MMを用いたMD計算を長時間行うことはこれまで不可能であった。しかし、高速量子化学プログラムQSimulateをライブラリとしてGENESISから呼び出す新しいプログラム開発によってこの問題をほぼ克服し、DFTB+を用いたQM/MM MDではスパコンを利用しなくても1ns/dayというパフォーマンスを示している。この高速化によって、QM/MM MDや自由エネルギー解析を様々な酵素反応等に適用することが可能になった。TIMについて行った酵素反応経路探索計算は、高精度と低精度量子化学計算を組み合わせたマルチスケールシミュレーションを行うことで、計算コストを抑えつつ信頼性の高い結果を得る可能性を示唆している。蛋白質/DNA/RNAを含む細胞内環境を取り込んだ大規模な分子系の長時間CGMD計算がGENESISで計算できるようになった。我々はここでも、Multi-basin Goモデル、より安定な二面角エネルギー計算法、新しい空間分割法に基づく高速なCGMDなど様々な新規技術を開発した。これらの多くは、研究提案当初には想定していなかった技術であり、開発の段階で生じた問題等を克服するために行った工夫の中で培われたものである。従って、汎用プログラムなどには導入されていないユニークな技術が多く含まれている。このCGMDをAAMD、あるいはQM/MMと組み合わせたマルチスケール・シミュレーションを実行することで、計算科学と生命科学をつなぐ基盤技術ができた。
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今後の研究の推進方策 |
既にのべたように、QM/MM、全原子MD (AAMD)、粗視化MD (CGMD)の3つの異なる解像度・方法のMDプログラムは開発が順調に進んでいる。令和2年度から共用が開始された「富岳」の演算能力を最大限に発揮するために、2021年度前半にそれぞれのプログラム・機能を「富岳」に最適化・高度化する必要がある。AAMDについては他のプロジェクトで開発が進行していたので、既に高度化も終了し、GENESIS 2.0betaとして一般に公開しており、我々のグループだけでなく、多くの「富岳」ユーザーが利用している実績がある。QM/MM、CGMDはまだそこまでの実績がないため、まずは我々のグループで応用研究に利用して、その後広く普及させていく計画である。今後の研究では、異なる解像度・方法のMD計算を如何に組み合わせて研究していく新しい方法を開拓していくことが重要になる。そのために必要な情報科学的手法を導入し、TIMやGRB2など本研究課題でターゲットとして掲げた蛋白質に適用する。さらに、計算とNMR実験との連携を活発に行い、令和3年には溶液中のGRB2の立体構造とそのダイナミクスの詳細を解明する。その上で、細胞内環境でGRB2がどのような構造ダイナミクスをとっているか、さらにSOS1などと弱い分子間相互作用でどのように結合しているかが重要である。そのような問題を解決するためには、計算科学と生命科学の密な連携が本質的である。
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