研究課題/領域番号 |
19J00120
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研究機関 | 國學院大學 |
研究代表者 |
葛西 太一 國學院大學, 文学研究科, 特別研究員(PD) (20869200)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 日本書紀 / 書記用文体 / 和漢比較 / 東アジア漢字文化圏 / 日本書紀区分論 / 和習 / 和化 / 古訓 |
研究実績の概要 |
前年度に引き続き『日本書紀』の文体分析に基軸を置きつつ、本年度は『続日本紀』との文体比較を行い、日本国内で編纂された官撰史書の間に共有される文体があるのか検証することにも目を向けた。本年度の研究実施状況とその成果は、次に掲げる通り四点にまとめられる。 第一に、和漢比較文学会の学会誌『和漢比較文学』第65号に「日本書紀における語りの方法と定型化―文末表現「縁也」による歴史叙述―」と題した論文が掲載された。文末表現「~縁也。」による説話的な叙述方法が史書の範とされる『史記』や『漢書』に確認されず、後継の官撰史書『続日本紀』にも見られず、国内外を問わず史書の体例から外れた表現であることを確認した。一方、当該表現は漢訳仏典に参考となる用例が確認され、仏教語の受容が想定される。 第二に、公益財団法人日本漢字能力検定協会の発行する『漢字文化研究』第11号に「日本書紀β群の表現とその特質」と題した論文が掲載され、同論文によって漢検漢字文化研究奨励賞の優秀賞を受賞した。第三に、國學院大學の発行する『國學院雜誌』第121巻第11号に「日本武尊関係記事の構句と表現―景行紀内部にみる述作の多層性―」と題した論文が掲載された。どちらも『日本書紀』β群の位置付けを捉えたものであり、α群との表記・表現・文体の相違が歴史叙述の質に結び付くことを指摘した。 第四に、『日本書紀段階編修論―文体・注記・語法からみた多様性と多層性―』(花鳥社、2021年2月)を出版した。当該刊行物は、上智大学にて2019年3月に学位を授与された学位請求論文をもとに、その後に得られた知見により全面的な改稿を行い、新たに数編の書き下ろし論文を加えて刊行したものである。特に『日本書紀』β群の文体の目指すところが、母語を異にする日本人・渡来人の別を問わず、これを介在言語として理解させることにあるという見通しを新たに示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究目的は、日本国内で編纂された官撰史書の間に共有される文体があるのか、後継の官撰史書『続日本紀』との文体比較を行い、『日本書紀』の文体的特徴を比較検討することにある。その研究成果の一部は学術雑誌への投稿論文によって公表しており、おおむね当初の計画を順調に進展させているが、なお漢訳仏典や『日本霊異記』のような仏教説話集における説話的文体との比較検討を行う余地が課題として残されている。本年度の研究によって、『日本書紀』が国内外の史書の示す規範とは異なる文体や叙述方法を用いることが確認され、特に仏教語や説話的文体の受容を想定するべきことが明らかになった。この点、次年度以降の研究においても継続して取り組むことを考えている。 また、本年度は過去の研究成果を整理し、一冊の学術図書として印刷公表することによって、本研究の学術成果を社会に広く還元・共有することも行った。これによって、特に『日本書紀』β群の特質をより鮮明に捉えることができた。使用される音韻や仮名の特徴に基づいて、『日本書紀』がα群β群等に区分されることは従来から指摘されてきたが、本研究によって、これら各群に特徴的な表記・表現・文体の相違が叙述される内容とも密接な結びつきを持つことが確認された。とりわけβ群は漢語漢文を受容・模倣するのみならず、それらの規範から逸脱しつつ、自らの叙述内容に則した表現方法を獲得したものと考えられる。今後は、和化漢文とされるβ群の具体的な「和化」の様相に着目して研究を進展させたい。 なお、当初は古事記学会と美夫君志会での口頭発表を予定しており、会場までの交通費と宿泊費を旅費として予算に計上していたが、新型コロナウイルスの疫禍により、いずれも延期となった。研究成果を公開して学術交流を行う機会が減じたため、年度内の研究実施計画を見直した部分があるが、如上の通り本研究の進捗状況に支障はない。
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今後の研究の推進方策 |
翌年度は、とりわけ海外文献との交流へと目を移し、どのような影響関係のもとに『日本書紀』が多様な語彙・語法・文体・修辞法等を受容したのか検討を行う。本研究が東アジアにおける文字・文献の交流を対象として行う性質上、本来ならば海外での実地調査や学術交流を行うことによって研究を推進するべきところだが、今般の新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延に伴う海外への渡航中止勧告等を受けて実施できない。そこで、近年発達の著しい古典籍のデジタルアーカイブを活用しつつ、今年度は国内外の文献を比較検討することによって研究課題の達成を図りたい。なお、当初の計画にあった海外での実地調査は予定を前倒しして初年度中に実施済みである。 海外文献の具体的な比較対象としては、漢籍における経典や史書のほか、『文選』『玉台新詠』に代表される六朝期の作品、『捜神記』『世説新語』『遊仙窟』をはじめとした小説類、『法苑珠林』『経律異相』等によって知られる仏教説話、発掘の盛んな百済木簡や『三国史記』『三国遺事』および中国出土の竹簡や墓誌銘等を含め、それぞれ直接的な表現の引用や潤色利用に限定することのない語彙・語法・文体・修辞法の交流実態の解明に取り組む。 本年度までの研究において、『日本書紀』諸巻の中には漢籍や仏典の語彙・語法・表現をそのまま利用・受容するに留まらず、自らの発想に則して応用・変容させている部分のあることを確認した。この状況を指して、先行研究では「和化」と概括して捉えられてきたが、本年度の研究においては特に『日本書紀』β群の編纂過程に着目し、「和化」の具体的な様相を海外文献との比較を通じて検討する。 如上の研究によって得られた成果は関係学会にて発表し、専門的な指導・批正を求めるつもりである。そのうえで、研究論文として取りまとめ、学会誌への投稿を積極的に行い、本研究成果の結実と公開・共有を図りたい。
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