研究課題/領域番号 |
19J00314
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
杉山 美耶子 青山学院大学, 文学部, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励金 / 美術史学会全国大会 / シモン・ベーニング / 奇跡像 / 奉納像 / 神聖空間 |
研究実績の概要 |
2020年冬季に実施した調査の結果を、2020年12月に開催された美術史学会全国大会で報告した。本発表は16世紀ブリュージュを代表する装飾写本画家シモン・ベニングに帰属し得る新たな板絵として、ケルン工芸美術館所蔵の板絵に光を当てたものである。新発見された作品の帰属に加え、図像と機能に関する分析を行ったうえで、イメージ源泉となった可能性がある作品について論じた。イメージ源泉に関しては参加者から貴重な御意見を頂き、改訂を重ねたうえで、研究成果を国際学術誌Simiolusに論文として提出し、現在査読中である。
発表・応募予定であった多くの国際会議が中止・延期となり、現地調査が実施できなかった分、執筆活動に集中することが出来た。国内では『ネーデルラント美術の宇宙』(今井澄子編、ありな書房)に論文を寄稿し、国外ではHealth and Architecture: Designing Spaces for Healing and Caring in the Pre-Modern Eraに寄せた論考の改訂を終えた(2021年5月刊行)。また、Brepols Publishersより出版される単著Images and Indulgences in Early Netherlandish Paintingに関わる改訂作業が完了し、現在印刷準備中である。なお、本書の基盤となった博士論文は2020年11月に辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励金を受賞した。
2021年3月末には、奉納像研究から派生した奇跡像に関わる研究成果の一端を、名古屋大学文学部木俣元一教授が主催された研究会にて報告し、多くの貴重な御助言を賜ることが出来た。本報告をまとめたものは、2021年12月に共著として三元社より刊行される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は世界的な感染症の拡大により、海外調査を断念せざるを得ない一年であった。当初の計画では夏季・冬季に現地調査を実施し、作品の実見調査と資料収集を行う予定であったが、何れも実現できず、計画の変更・見直しが余儀なくされ、研究を飛躍的に進めることが出来なかった。しかし、自身の関心を見つめなおす機会を得ることが出来た。当初は奉納像から出発した本研究であるが、昨年度実施した調査を介して、奉納像単体だけでなく、奇跡像と奉納像の関係性、およびそれらを取り囲む空間の特性を分析する必要があることに気付いた。2021年4月から継続して、古代から近世ヨーロッパにおける奇跡像と奉納像に関わる文献を収集し、ネーデルラント以外の地域における崇敬の形態を分析している。今後も引き続き事例研究を積み重ねていく。
また、奉納像や奇跡像を巡る研究は、従来の美術史的アプローチだけでは検証しきれない問題を多く含んでいることに気付いた。現在では文化人類学的方法論を積極的に取り入れ新たな理論的構築に努めている。特にロシアの美術史家アレクセイ・リドフが提唱した「神聖空間」という概念に強い関心を持っている。「ヒエロトピア」とも称され、像や聖遺物が単体ではなく、それらを演出する様々な装置も含め、複合的に組み合わされることで生み出される空間を指す。また、それらが定型化して各地に反復されることで、新たな神聖空間が増殖していくという現象も含む。今後は「神聖空間」という概念を応用し、奉納像と奇跡像をめぐる空間の分析を試みたい。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度も海外渡航が困難な状況が続くことが見込まれるなか、当初の研究計画を見直し、現地調査に基盤を置くのではなく奇跡像と奉納像に関わる理論的枠組みの構築に努めたい。現在は特に奇跡像と奉納像を取り囲む空間の演出性について考察するうえで要となる、前述のアレクセイ・リドフの「神聖空間」の概念の応用に取り組んでいる。なお、年度内の具体的な計画は以下のとおりである。
4月:共著に寄稿する、奉納像と奇跡像に関する論考を完成・提出する(「中・近世ネーデルラントにおける奇跡像と奉納像ー中世から現代へ」『マテリアリティ論集』、三元社、2021年12月刊行予定)。5月~9月:昨年度現地調査が行えなかった、メッヘレン美術館所蔵《閉ざされた庭》連作の研究を再開する。本作品は従来、霊的巡礼のための「留」として解釈されるが、本事例研究では「神聖空間」の創出において寄与したイメージとして位置づけなおす。6月:西洋中世学会全国大会・自由論題報告にて発表し、研究成果を国際学術雑誌に投稿する。7~9月:ベルギーでの現地調査を行う(国内の感染拡大状況による)。10~12月:アメリカの美術雑誌Art Journalに寄稿予定の論考を完成させ、出版社に提出する。1~3月:これまでの事例研究をまとめ、その成果を国際学術雑誌に投稿する。なお、2022年3月にブリュージュ美術館連合のディレクター、ティル・ホルガー・ボルヘルトTill-Holger Borchert氏を招聘し講演会(オンライン)を開催する予定である。
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