研究課題/領域番号 |
19J00365
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
小谷野 由紀 東北大学, 理学研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 界面 / 自己駆動運動 / 液滴 / 界面活性 |
研究実績の概要 |
水面に浮かぶ液滴の自己駆動運動を考察するにあたり、まずは潤滑近似を用いた基板上を動く液滴のモデルについて検討を行なった。モデルは、液膜の高さの時間発展を記述する流体の方程式と、溶質の表面濃度に関する方程式の2つから成る。液膜の高さや界面曲率によって溶質の濃度によって表面張力が変化し、自発的な対称性の破れによって自己駆動運動が現れる。自己駆動運動に伴って濃度場の非対称性が維持され、継続的な運動が実現する。また、自己駆動の速度が大きいとき、進行方向に対して垂直方向を長軸とする楕円変形が見られることを確認した。複数の液滴が存在するとき、自己駆動運動によって2つの液滴がお互い近づくと合体が起きる。また、一様厚さの液膜の不安定化についても議論を行なった。一様厚さの液膜より液滴を形成した方がエネルギーが低い場合、エネルギーを最小化するように自発的に液滴が形成される。一定の液膜高さ・濃度のプロファイルが不安定化する際の、最も不安定化しやすい波数を線形安定性解析によって調べた。 以上の研究とは別に、関連するテーマについて研究を行なった。一つは細胞内を想定した物質の拡散に関する研究である。既存のモデルでは混み合った環境には適用できないという問題点があったため、生体タンパク質の再帰的な形状変化を模したダンベル状の粒子集団のモデルを提案した。ダンベルの形状が変化する場合と変化しない場合を比較することで、系がどの程度流動化するか、その統計的な性質を調べた。 水面上を運動する自己駆動系として、樟脳に駆動されるプレートの運動についても研究を行なった。自発回転のみ許される樟脳回転子を外的に静止させ、その後にもう一度自由に回転運動可能な状態に戻すと、元々の回転方向とは逆の方向に回転することが知られている。プレート下部の流体を考慮したモデルを解析することで、回転方向反転現象を説明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
基板上の液滴の運動について、これまでの先行研究について網羅的に調べた。基板上の液滴の濡れの現象は、歴史的には先行薄膜の形成、特にフィンガリングパターンに興味を持たれていた。そのような系では、液膜はある定常状態に緩和していく。アクティブマター系が注目されるようになった近年になって、液滴が持続的に動き続けることのできる系についての考察が始まった。そのため、液膜の方程式は古くから知られているものの、自己駆動系としての知見は少なく、開拓すべき点が多いことがわかった。パラメータを変化させたとき、有限の運動速度が生じるかどうかの分岐構造に関してはある程度の知見は得られている。しかし、液滴の変形に関しては、変形が見られるパラメータが存在することは報告されているが、それ以上のことは現段階でわかっていないようであり、詳しく調べていく必要があると考えた。 以上の理由から、詳しい理論的解析を進める前に、まずは数値計算によって、系の振る舞いについて網羅的に調べる必要があることがわかった。そこで当年度は液膜の高さと溶質の表面濃度の場を計算するための数値計算コードを完成させた。数値計算を高速化するため、ADI法を用いた計算コードを作成し、時間発展の時間刻みや場の空間刻みをある程度荒く取れるようにした。また、OpenMPによる数値計算コードの並列化を行い、任意のコア数での並列計算を可能にした。これにより、今後行う予定のパラメータサーチがより容易となった。 また、一様液膜のように解析しやすい条件の下での理論解析も進めた。特に、線形安定性解析によって、一様液膜ではなく液滴が生じる条件について調べた。これは、系を理解する上で非常に重要な知見であり、今後の解析の足掛かりとなる成果である。
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今後の研究の推進方策 |
これまで、液滴の自己駆動運動に伴う変形や、複数の液滴が存在する場合の合体が数値シミュレーションで再現された。今後は液滴の分裂が起きるような条件の同定を行いたい。液滴の分裂直前は円形形状からの変形が大きくなると予想される。そのため、液滴の運動に伴う変形が見られるパラメータ条件からパラメータを変化させていくことで、まずは、大変形を起こす条件を探る。液滴を円形に保つ効果のある表面張力を下げた条件での振る舞いを調べる。また、液滴の変形は運動に伴って現れるため、運動速度が大きくなるような条件を模索し、大変形が起きるかどうか調べる。 また、一様液膜ではなく液滴が生じる条件について、これまで線形安定性解析により系の線形安定性を表す線形化方程式の固有値を一般的に得た。しかし、固有値に含まれるパラメータが多いため複雑であるため、一様液膜状態の線形安定性の各パラメータ依存性については、今後丁寧に調べていく予定である。 以上が完了したら、次に、水面上の液滴の運動を議論できるよう、モデルの改変を行う。現在のモデルでは、液滴の下部は基盤、すなわち固体となっている。液滴の下部を流体とするには、液膜と下部流体のシアストレスを考慮した境界条件を用い、下部流体のモデリングを行う必要がある。シアストレスを考える際には、溶質の表面濃度に起因したマランゴニ効果も取り入れる予定である。下部流体は実際の実験系では3次元流体であるが、モデルの数値計算は非常に時間がかかってしまい、また、バルク層の深さがどのように浮遊液滴の運動に影響を与えるかについても適切に議論を進めなくてはならない。そこで、今年度に議論した2次元の表面流だけを記述することを視野に入れてモデリングを考えていきたい。
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