本研究課題では反応拡散場によって駆動される自発運動系をいくつか取り扱って研究を行ってきたが、今年度は特に、基板の上の液滴が化学物質を放出することで周囲の表面張力を変化させ、表面張力勾配によって液滴自身が駆動される系を対象とした。前年度までは、一つの液滴の運動速度や変形などの特性を数値的に調べ、また、一様な液膜が不安定化する様子を線形安定性解析によって説明した。 今年度は、一様な液膜が線形不安定性によって多数の液滴に分裂したのちに、自己駆動運動によって衝突・合体するメカニズムについて詳しく調べた。線形不安定化によって一様液膜の高さがばらつくと、液膜の厚みが大きいところではラプラス圧が支配的になるため、高さ方向に関してパラボラ形状の液滴が多数生じる。初期に生じる液滴のサイズは最も線形不安定な波長によって決定されるため、システムサイズが与えられると初期に生じる液滴の個数もおよそ決定される。生じた液滴は自発的に自己駆動運動を行うが、液滴同士が衝突すると合体し、大きな液滴を形成する。数値的に調べた範囲では液滴が自発的に分裂することはなく、液滴の総個数は時間とともに単調減少していく。以上のようなダイナミクスは、液滴の存在する場所・しない場所の相分離構造が自発的に生じ、時間とともに粗大化する様子と捉えることもできる。相分離構造が粗大化するダイナミクスとしては例えばスピノーダル分解が有名であるが、それとは異なり、自発運動によってドメインの衝突・合体が起こるためにタイムスケールが速い相分離となる。具体的な相分離のタイムスケールは、気体分子運動論的な衝突確率と、液滴の個数・サイズ・密度の関係から理論的に導くことができ、数値計算の結果をよく再現することも確認された。
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