本申請課題ではマウスをモデルとして、雌雄の脳で差異のみられる部位を神経配線レベルで同定することを目的とした。特に身体の生理的な面を司る視床下部を対象とした。神経配線の可視化にはトランスシナプス標識法を用いた。本申請課題では行動学的に雌雄差が見られる現象として、仔マウスへの反応に注目した。自分のホームケージ内に仔が置かれると、交尾未経験のメスは概して仔を無視するが、交尾未経験のオスはそれらの仔に対して致死的な攻撃行動を行う。一方メスと交尾をして父親になったオスに対して同じテストを行うと、一転して仔に対して母親と同様に保護し養育するような行動をとる。つまり交尾から出産までの過程において、オスの脳内では仔に対する親和性を向上させるような劇的な変化が起きていると考えられる。また行動学的な視座から見る限りでは、オスの脳内変化はメスにおける変化よりも大きいことが予想される。申請者らの実験により、メスにおいて養育行動発現に重要であるとされている室傍核オキシトシン細胞は、オスでも養育行動発現に重要であることが分かった。そこでオキシトシン細胞のシナプス前細胞を網羅的に可視化し、雌雄で比較解析を行った。すると行動学的な結果と異なり、シナプス前細胞のパターンに明瞭な雌雄差は見られないことが分かった。この結果は交尾未経験な状態では仔への反応はオキシトシン細胞以外が担っている、あるいはオキシトシン細胞への神経配線が同じでもその情報の流れは異なっている可能性が指摘できる。次に交尾未経験オスと父親の、オキシトシン細胞への入力パターンを比較解析した。結果としては特に内側視索前野と外側視床下部からの入力が、父親において顕著に増えていることが分かった。このうち外側視床下部からの入力の方が、増え幅が大きいことがわかった。これは父親になる過程で神経回路に構造的な変化が起きていることをとらえた初の結果である。
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