本研究課題の目的は、環境に由来するランダムネスや散逸が非平衡条件下で量子系の構造やダイナミクスにどのような影響を与えるのかを明らかにすることにある。本年度の研究成果は以下の3つのトピックにまとめられる。 ランダムな環境は一般に系の持つ内在的な秩序を破壊する傾向を持つ。本研究ではランダムなポテンシャル中を流れる超流動ボース気体の秩序構造を調べた。その結果、ランダムポテンシャルと流れとの協同が平衡状態における熱的なゆらぎと同等の効果を生み出し、空間二次元以下で超流動秩序を破壊することが明らかとなった。このことは、非平衡条件下のランダム系に対しても平衡統計力学の枠組みが近似的に有効である可能性を示唆している。 環境との相互作用に起因する散逸は一般に量子的な重ね合わせ状態を破壊する傾向を持つ。開放量子系が定常状態へと緩和する時間スケールが如何なるファクターによって決まるのかを明らかにすることは重要な課題である。本研究では、一部の励起モードが系の境界付近に指数関数的に局在する「リュウビリアン表皮効果」が起こった際に、最も遅い緩和の時間スケールが励起スペクトルのみならず、励起モードの局在長や系のサイズにも依存することを示し、それらを結びつける一般的な関係式を導いた。 環境と相互作用する開放量子系のダイナミクスは、ハミルトニアンによって駆動されるコヒーレントな時間発展と、散逸に由来するインコヒーレントな時間発展とのバランスによって決まる。量子コヒーレンスが支配的な緩和過程から古典的な確率遷移が支配的な緩和過程への転移は「コヒーレント・インコヒーレント転移」と呼ばれている。本研究では、開放量子多体系におけるコヒーレント・インコヒーレント転移が、励起モードが一様に広がった散乱状態から局在化した束縛状態への変化として特徴付けられることを明らかにした。
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