日本海・東シナ海に分布するマイワシ対馬暖流系群の季節的な回遊経路に関する知見は限られているが、春季に日本海・東シナ海沿岸域で広く産卵場が形成され、夏・秋季に見られる日本沿岸域で成育した稚魚が、同系群の主な新規加入群となると仮定されている。本研究ではこの仮説を、経験した水温を指標する耳石の酸素安定同位体比(δ18O)と、分布した海域の一次生産構造に応じて変化する水晶体の炭素・窒素安定同位体比(δ13C、δ15N)とをマーカーとして用いることで検証した。まず2010年から2016年にかけて、長崎・鳥取・富山県周辺の3海域で夏~秋に採集された0歳魚と、冬~春に採集された1歳魚の耳石について行われたδ18O分析の結果を整理した。その結果、3海域の0歳魚と九州近海の1歳魚の大半が、春から夏にかけて耳石δ18Oの顕著な減少傾向を示しており、これは日本沿岸海域の季節的な昇温を反映したものと考えられた(沿岸群)。一方で、多くの鳥取・富山県周辺の1歳魚ではわずかな耳石δ18Oの減少あるいは増加傾向を示した。これらは日本沿岸域とは異なる、より寒冷な海域で成育し、沿岸域へ回遊してきた群であると考えられた(回遊群)。次に、2012年から2021年にかけて、日本近海から広く採集された0歳魚と1+歳魚の水晶体中心部の安定同位体比分析結果を整理した。0歳魚については明瞭な海域差が存在し、黒潮-親潮移行域および千島列島沖ではδ15Nが顕著に低く、日本海・東シナ海沿岸域ではδ15Nが高い傾向にあった。一方1+歳魚については、東シナ海、高知県周辺では高いδ15Nを示したのに対し、日本海および関東周辺~東北沿岸の多くの個体では、黒潮-親潮移行域および千島列島沖の0歳魚同様の低いδ15Nを示した。これらの整理から、日本沿岸域で成育した稚魚だけでなく、太平洋海域からの回遊群が対馬暖流系群に含まれていると考えられた。
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