研究課題/領域番号 |
19J00865
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研究機関 | 国立研究開発法人国立循環器病研究センター |
研究代表者 |
櫻井 伸行 国立研究開発法人国立循環器病研究センター, 分子生物学部発生工学研究室, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 精子成熟 / 精巣上体 / マウス |
研究実績の概要 |
近年、牛の受胎率低下に端を発した畜産物の生産コストの上昇が、当該分野において大きな問題となっているが、その一因と考えられているのが雄の生殖能力の低下である。精巣で作られて間もない精子はそのままでは受精できないが、精巣に隣接する管状の器官「精巣上体」を通過する過程で受精能力を獲得する(精子成熟)。牛と同じ哺乳動物のマウスでは、遺伝子発現パターンのin silico解析の結果などから、精子成熟への関与が疑われる遺伝子が複数見つかっている。本研究では、CRISPR/Cas9システムを利用して、これら候補の遺伝子欠損(KO)マウスを作製および解析することで、精子成熟を制御する分子メカニズムの解明を目指す。 前年度までに、精巣上体特異的な遺伝子発現パターンを示した8つの遺伝子領域を標的として、それぞれのKOマウスを作製した。ホモ変異型雄の妊孕性について調べた結果、8系統中4系統について産仔数の大幅な減少が認められた。精巣上体の組織切片を作製し、染色した上で観察を行った結果、精巣上体の組織像に顕著な異常は認められず、また、変異型雄マウスの精巣上体においても野生型マウスと遜色のない精子の貯留像が確認された。さらに、精子の形態についても異常は認められなかった。 精巣で作られて間もない精子は運動性を持たないが、その運動性は精子が精巣上体を通過する過程で付与される。精子の運動性について解析したものの、野生型の精子とホモ変異型の精子の運動性には顕著な違いは認められなかった。 解析中のある系統において、標的の遺伝子領域の近傍にファミリー遺伝子が存在することが明らかになった。マウスにおいてこの遺伝子の発現パターンを調べた結果、精巣上体特異的な発現を示した。そこで、この遺伝子を単独でKOしたマウスと、解析中の変異型マウスにさらに同遺伝子の欠損変異を加えたマウスを新たに作製し、解析を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「研究実績の概要」において記載した通り、精巣上体で起こる精子成熟を制御する分子メカニズムの解明を目指して、研究代表者は精巣上体特異的に発現する遺伝子群のKOマウスを8系統作製し、そのうち4系統で妊孕性の異常が認められた。異常が認められなかった残りの4系統の研究結果についても、学術的に貴重な知見であることから、前年度までに結果をまとめて学術誌に報告し、そこで掲載されている。 本研究において認められた妊孕性低下の原因を解明するために、代表者は段階的な調査を行った。まず、変異型雄マウスの性行動に問題がないことを確認した上で、精巣上体の組織とそこに貯留されている精子について調べた。少なくとも形態的な異常は認められず、また妊娠に必要な十分量の精子が作られていることも確認された。そうなると、雄の性行動や造精能力の問題ではなく、精子そのものの受精能力に何らかの問題が生じた結果として、妊孕性の低下が引き起こされたと推定される。これまでに変異型の精子の運動性に異常がないことは確認されたが、精子が受精を果たすのに必要な能力は運動性だけではない。これまでの研究では、妊孕性低下のはっきりとした原因を解明するには至っていないが、研究は着実に進んでおり、今後の成果に期待が持てる。また、精子成熟への関与が疑われる新たな候補遺伝子が見つかったことで、研究は新たな広がりを見せている。 以上の理由から、研究は「おおむね順調に進展している」と考えている。
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今後の研究の推進方策 |
まず、変異型精子が卵子と受精する能力を有しているか否かについて確認するために体外受精を行う。ここで異常が認められた場合、妊孕性低下の原因は、雌の体内において卵子まで到達した精子が受精能力を持たないことであると強く示唆される。一方、問題なく受精が起こる場合、精子と卵子の受精というイベントそのものに問題があって妊孕性が低下したというより、メスの生殖道内に射出された精子が、受精の場である卵管まで移動する過程に何らかの異常が起こっているものと想定される。子宮と卵管の結合部には著しく幅の狭い構造が存在しているが、これは過剰な数の精子が卵管へ侵入することを防ぐ役割を果たしていると考えられている。これまでの報告によると、ある種の異常を持った精子はこの構造体を通過することができず、その結果、雄性不妊が起こることがある。雌生殖道内における精子の挙動を観察する手法として、精子に蛍光タンパク質を発現させる手法が既に確立されている。この手法を用いることで現在解析中の変異型精子の雌生殖道内における挙動を解析する。 令和2年度に新たに作製した2系統の変異型マウスについては、まずは雄の妊孕性に異常がないか調査する。ここで異常が認められた場合、これまでに実施した精巣上体組織や精子形態の観察、精子の運動性解析、体外における受精能力の調査などを実施する。
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