本年度は研究課題に直接関連する物質として、主にフェルダジルラジカルベースの金属-有機ハイブリッド磁性体[Zn(hfac)2](o-Py-V-p-F)の構造解析と極低温物性測定、[Zn(hfac)2](o-Py-V-p-Br)の合成と構造解析をおこなった。相互作用にランダム性を持つS = 1/2ハニカム格子磁性体[Zn(hfac)2](o-Py-V-p-Cl)における先行研究で、理論的に提案されているランダムシングレット描像の量子スピン液体と呼ばれる物理現象に特徴的な振る舞いが観測されていた。前述の2つの物質はこの先行物質の塩素Clをそれぞれフッ素F、臭素Brに置換したものである。分子軌道計算という手法を用いて、これら2つの物質の相互作用を評価したところ、先行物質と異なるパラメータが得られた。この結果から研究の目的のパラメータ制御としては一定の成果を得ることができたと考えられる。特にフッ素Fに置換した物質では極低温(~80 mK)における特徴的な振る舞いとして、飽和(~6 T)までの磁化曲線に傾きが一定となる3つの領域が存在する事がわかった。この特徴は先行物質には見られなかった振る舞いである。また、3つの領域が存在することは、分子軌道計算から評価された3種類のランダムな相互作用のパターンが、直接磁性に反映されていることを示唆している。磁化曲線の線形性はランダムシングレット描像の量子スピン液体の理論計算においても予想されており、以上の結果から、これらの物質群が当該物理現象の解明を目指す上で有用であることが期待される。
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