研究課題/領域番号 |
19J01068
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
鹿野 悠 慶應義塾大学, 医学部, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 海馬 / 時間知覚 / ドパミン / 行動課題 |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的は、動物における内的な時間経過の速度を操作することで変化させ、それを科学的に定量することである。 内的な時間経過の速度を操作する方法の確立を目指して、遺伝子組み換え動物の作出と新奇行動課題の構築を行った。1点目についてはドパミン産生細胞特異的な制御を目指し、青斑核を標的とした遺伝子改変を試みた。領域自体が海馬などと比較して極めて小さいこと、脳表の太い血管を傷つけやすいことなどの難点を克服し、改変アデノ随伴ウィルスを左右両側の青斑核に1μm程度の液量で注入し、光ファイバーを慢性的に埋め込む方法を確立した。2点目については動物に2つの異なる時間の長さを学習させる実験を試みた。餌場から報酬ペレットが8分→5分→8分→5分→…8分→5分というように、交互に8分間隔と5分間隔で提示された。訓練を進めると、動物は1か月以上かけて提示されたすべてのペレットを獲得するような行動をとり、行動課題の構築に成功した。 内的な時間経過の速度の変化を検出・定量する方法の確立を目指して、行動結果と神経活動結果から内的な時間経過を定量し、また独自の電気化学測定法の考案を行った。1点目については、前出の行動課題遂行時の動物から海馬と線条体の単一神経の発火の解析を行った。5分8分どちらの条件でもエサを獲得した後の1分間程度発火頻度が高く、徐々に発火頻度が減衰していく細胞が観察されたが、この細胞のチューニングカーブの時間情報を0.63倍に圧縮すると、このチューニングカーブは5分の場合のものとカーブの形状がより近似された。動物は分単位の時間長を相対化してエンコードしている可能性が考えられる。2点目については、電気化学測定法の一つ高速電位走査記録法(cyclic voltammetry)を発展させ、生理学的なドパミン濃度である50-200nMの変化を高感度で検出できる方法を確立した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
行動課題の面からも、遺伝子組み換え実験などの面からも、計画していた問題点や改善点を解決し、新奇に確立することに成功しているからである。例えば、遺伝子組み換え動物の作出では、改変アデノ随伴ウィルスを左右両側の青斑核に1μm程度の液量で注入し、光ファイバーを慢性的に埋め込む方法を確立した。これによって、青斑核に分布しているドパミン産生細胞特異的な制御を行って内的な時間経過を変化させるための実験土台は整った。また新奇行動課題については、餌場から報酬ペレットが8分→5分→8分→5分→…8分→5分というように、交互に8分間隔と5分間隔で提示される課題を設計し、この課題を実際に動物が達成することができた。これらの2点を用いれば、内的な時間経過の変化を人為的に作り出すことが可能となる。また、その評価系についてもこの1年間で確立した。例えば前出の行動課題を行う動物の海馬と線条体の単一神経の発火の解析では、5分8分どちらの条件でも発火する細胞の時間軸を比較することで、内的な時間経過の速度を定量する解析プログラムを作成済である。これらの実績から、計画の通りに実験が進捗していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
既に実験を進める為に不可欠な項目は、遺伝子組み換え動物の作成、新奇の行動課題の構築、内的な時間経過の速度の評価系の構築、脳内ドパミン濃度の検出法の確立、であり、これらのすべてについて個別の検討・確立はこれまでの1年間でおおむね完了している。今後はまずそれらを効率と再現性が良いような状態に実践できるように条件検討を重ねることが求められる。例えば遺伝子組み換え動物については発現効率を高めることと、光ファイバー埋め込み技術の短時間化などに取り組む。それらが完了し次第、上記の項目を組み合わせて同時に同一個体に対して実施することによってはじめて、内的な時間経過の速度を変化させて検証することが可能となり、実験目的が達成される。次年度は遺伝子組み換え動物に行動課題を訓練し、加えて行動試験中に神経発火の記録を行うことを目指す。これを実施するためにはウィルス注入(記録日の2~3週間前が最適)・記録装置埋め込み手術(記録日の3~4週間前が最適)・行動課題訓練(記録日の4~6週間前から開始)の時間軸が最適となるように条件検討を繰り返す必要がある。
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