研究課題/領域番号 |
19J01352
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
中島 悠 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 生命工学領域, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | ロドプシン / 微生物生態学 / レチナール / カロテノイド / ゲノム解析 |
研究実績の概要 |
当該年度は、水圏環境に広く生息するロドプシン保有細菌を対象に、そのレチナール色素の生産能力に関する研究を実施した。ロドプシンとはレチナール色素を結合させた光受容タンパク質であり、イオン輸送や光センサーとしての機能を発揮する。ロドプシンに結合するレチナールはblhと呼ばれる遺伝子がコードする酵素によりカロテノイド色素から生産されるとされてきた。しかし近年、blhを持たないロドプシン保有細菌が発見されてきた。これまでの知見のみで考えれば、このようなblh遺伝子を持たない細菌は、レチナールが生産できず、ロドプシンも機能しないと考えられる。 採用者は、採用前までの研究により、Aurantimicrobium minutum KNCTと呼ばれる細菌がblhを持たないにも関わらず、ロドプシンの活性を検出することに成功していた。これは、レチナールの生産が未知の遺伝子を用いているか、レチナール以外の色素がロドプシンに結合していた、という可能性を示唆するものである。当該年度は、本対象種が真にレチナールを生産していたのかを明らかにするべく、培養の後、分光学的解析やHPLC-MS/MSにより、この細菌に含まれる色素の同定を行った。その結果、all-trans レチナールのスタンダード標品と一致するピークが得られた。つまり、この細菌はこれまで知られていない未知のレチナール生産経路を有することが明らかとなった。 また、当該年度においては、データベース上のゲノム情報を活用し、ロドプシンおよびblh遺伝子の保有/非保有を探索、カウントを行った。その結果、ロドプシン遺伝子が存在しもののうち約3分の1以上はblh遺伝子を持たないことが明らかになった。このことから生態系においては既知のblh遺伝子だけではなく、未知の遺伝子、あるいは他者からの供給など、様々なレチナール獲得戦略が広く存在すると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度は、作業仮説において最も重要な実験の1つである、ロドプシン保有細菌の「発色団」生産に関して決定的な結果を得るなど大きな成果を挙げた。特に、本研究の対象種がロドプシンに関わる既知の色素生産遺伝子を保有していないことから、「未知の生産経路」または「未知の発色団」のどちらかを用いてロドプシンを使用しているという仮説に基づき研究を進め、その結果、前者の「未知の生産経路」を用いていることを明らかにすることができた。 その研究過程で、このようなロドプシンを保有しているにも関わらず、既知の生産遺伝子を保有しない原核生物が、系統的に非常に多様なグループで見られることも明らかとなった。そこで、新規の「発色団獲得戦略」がどのくらい普遍的なものなのか、さらに他の獲得戦略がありうるのかを明らかにする必要があると考え、環境ゲノム情報や多様な分類群のゲノム情報も用いた解析を行う計画を立案し、実施展開しているところである。これらの結果はすでに国際学会で発表済みであり、論文化の準備も整いつつある(2020年5月とう)ことから、おおむね順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、初年度の研究解析によって明らかになった、未知のレチナール生産経路およびロドプシンが含まれる公開ゲノム情報に焦点を当てロドプシン保有細菌の発色団獲得戦略について研究を推進する。具体的には、比較ゲノム解析により、特定の嫌気性細菌・古細菌のグループでは、ロドプシンを保有するにも関わらず、ほぼ全て(9割以上)のゲノムに既知のレチナール生産遺伝子が存在しなかった。平均的には3割のゲノムに存在しないという結果を2019年度に明らかにしたが、それは系統的な偏りが非常に大きいということを示唆するものである。また、既知のレチナール生産経路においては分子状の酸素を必要とすることから、嫌気性細菌・古細菌においては同じ経路でのレチナール獲得は困難であると考えられる。すなわち、これらの嫌気性グループにも新規の発色団獲得戦略が存在するのではないかと仮説を立てた。今後は、これまで扱ってきた好気性のロドプシン保有細菌だけではなく、嫌気性の細菌・古細菌を用いて培養実験・色素解析・比較ゲノム解析を行うことでより多様に存在すると考えられる発色団獲得戦略を解明していく。
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