研究課題/領域番号 |
19J01619
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
中西 悠喜 慶應義塾大学, 言語文化研究所, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 中世末期 / 初期近代 / イスラム教 / 神学 / 科学史 / コスモロジー / 天 / オカルティズム |
研究実績の概要 |
本年度の主要な研究実績は、次の2点にまとめられる。(1)14-15世紀のカラーム(哲学的神学)におけるコスモロジーとその関連領域の調査:イージー(1355年没)が主著『神学教程』で提示した大地論(特にその形状をめぐる議論)を、神の摂理論との係わりで分析。その結果、彼は大地の上に丘陵地と窪地があることを指摘し、その原因を神の摂理、つまり神意に一元的に帰していることを確認した。またこれとのつながりで、ジュルジャーニー(1413年没)による同書への注釈も、一部分析。その結果、彼はイージーが明示的には言及しない、大地の形状決定に対する星辰の影響を明確に肯定していることを確認した。さらにタフターザーニー(1389/90年没)が主著『神学の目的注釈』で提示した天球論を分析。その結果、彼は「天球には嗅覚があり、自らも芳しく香る」と考えていたこと、そしてこの学説をヘルメスとピュタゴラスに帰していることを確認した。(2)14-15世紀の存在一性論系神学におけるコスモロジーとその関連領域の調査:ハイダル・アームリー(1389年頃没)の『本文の本文』とファナーリー(1431年没)の『親密の灯』で提示される宇宙論を分析。その結果、彼らが当時のオカルティズムに依拠しながら、自然哲学的な議論を展開していることを確認した。なお、仔細な検証は次年度以後の課題だが、いずれの著者もジャービル文書、あるいは少なくともその周辺にあった資料を利用していた可能性が浮かびあがった。イブン=トゥルカ(1432年没)に関しては、博士論文での分析を補強した。オカルティズム、とりわけ数秘術的文字論に対するイブン=トゥルカの強い傾斜は、先行研究によりつとに指摘されてきたが、アームリーとファナーリーも同様の傾向を相当程度共有していることが確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
採用1年目にあたる本年度は、慶應義塾大学言語文化研究所を拠点として、14-15世紀のアラビア語神学テクストの読解分析と史料の収集に専念した。上記2点の研究実績はいずれも、論文化にまではいたらない中間段階の成果である。また当初は本年の時点で、13世紀のテクスト分析も行うことを計画していたが、読解作業の遅れから達成はできなかった。これらは否定的評価の材料になるが、肯定的に評価すべき点も少なくない。それらは主に次の2点にまとめられる。(1)カラーム系のテクストについては、まずイージーが明言しなかった「星辰からの影響」をジュルジャーニーが明示化したという点。これを確認できたことが大きい。これにより、次年度以降カラーム・コスモロジーを分析していく上での有効な視座が1つ得られたものと判断できる。さらにタフターザーニーの天球論が奇妙なヘルメス=ピュタゴラス表象と連関している点。これを確認できたのも大きな収穫だった。特に後者は計画時にはまったく想定していなかった発見だが、ロンドン出張を通じ、魔術史研究の世界的権威Charles BurnettとLiana Saifの両氏とこの点を議論でき、新しい研究の方向性として具体化可能であると、自信を深められた。(2)存在一性論系のテクストについては、何よりアームリーの分析を通じて新たな展望が開けた。この点が大きい。当初、存在一性論派は、ファナーリーとイブン=トゥルカをのぞけば、カイサリー(1350年没)のみを扱う計画だった。しかし14世紀末まで活動時期がくだるアームリーに着目し、分析をすすめたことで、13世紀前半のイブン=アラビー(1240年没)から14-15世紀のファナーリー、イブン=トゥルカにかけて、存在一性論系コスモロジーがどのように展開していったか、1つの見通しが得られた。以上を考慮し、本研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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今後の研究の推進方策 |
採用二年目にあたる次年度は、本年度の成果を作業仮説とし、ひきつづき関連テクストの読解・分析につとめる。特にカラーム系テクストからは、タフターザーニーの『神学の目的注釈』とジュルジャーニーの『神学教程注釈』、存在一性論系テクストからは、アームリーの『本文の本文』に焦点をあわせ、検討を進めていくことになる。史料の収集も継続して行っていく。またこれらと並行して、成果の論文化も目指す。とりわけ現在執筆中であるカイサリーの時間論、14世紀のプラトン的イデア論、アームリーの知識(知の編集)論、タフターザーニーの天球論・魔術論、ファナーリーの「不断の創造」論、イブン=トゥルカの文字論・宇宙論に関する論文を随時完成させ、雑誌投稿していくことが優先課題となる。なお、次年度はドイツ(あるいはイギリス)の研究機関での在外研究、ニュージーランドの国際学会でのパネル報告、トルコ(あるいはイラン)の図書館での資料調査等を計画していたが、新型コロナウィルスの世界的流行により、見合わせを余儀なくされる可能性も高い。事実、すでに国際学会中止の報もとどいている。状況を注視しながら、柔軟に対応していく予定である。
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