研究課題/領域番号 |
19J01633
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小林 理恵 東京大学, 史料編纂所, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 禁忌 / 斎戒 / 精進 / 服喪 |
研究実績の概要 |
令和元年度より引き続き、平安期貴族社会における、服喪及び神祇祭祀に際しての斎戒といった、一時的な禁忌を発生させる諸慣習の検討に取り組んだところであり、また令和元年度の研究で問題点として認識された、仏教思想に基づく精進の慣習も検討事項に新たに追加した。その成果の一部は「平安期貴族社会における魚食禁忌について」と題した論文として発表した。当論文は本来的には禁忌事項とされない斎戒時の魚食が、平安期においては禁忌の対象となることについて、精進との関係も視野に入れて論じたものであり、本研究計画全体が目的の1つとするところの、禁忌が変容していくプロセスの解明にあたる。また同様のプロセスを扱う研究として、服喪及び斎戒時における音楽演奏をめぐる禁忌の展開に関する論文を現在成稿中である。 以上の研究によって、禁忌及びそれを形づくる諸慣習の変遷を検討することで、禁忌の帯びる動的性質、及び禁忌が日常生活との連関の中でその姿を変えてゆく過程が、平安期貴族社会を例として明らかにされつつある。同時にそれは、禁忌に対して非常に過敏であったがゆえにひたすらに禁忌対象となる事物を拡大させていったという平安期貴族社会に対する一般的なイメージが、必ずしも実証的検討に基づくものでないことを示すものでもある。すなわち平安期貴族社会は、特に朝廷の儀式政務の執行にあたって服喪や斎戒などの実施方法の如何が頻繁に議論されそれが記録として残っている以上、禁忌に対する関心の高かったことは事実であるが、むしろその中で禁忌の持つ意味が絶えず検討され、禁忌の取捨選択が活発に行われていた(例えば斎戒時の音楽演奏のように平安期において実態を伴わなくなった禁忌も存在する)と評価するのが適切であると、これまでの研究を通して考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
前述の研究は、当初の研究計画のうち、服喪や斎戒といった諸慣習における禁忌の実像を解明するものであるが、禁忌を総体として捉えた場合、そこに服喪時の禁忌はいかなる特質を持つのかという最終的な課題に関しては、現時点においては、魚食や音楽演奏といった個別事例の検討が中心となっているため、当該期における禁忌をとトータルに検討する作業に遅れが見られる。 その包括的検討の遅れは、1つには未翻刻史料からの情報収集が、新型コロナウイルス感染症による学外研究機関での現物調査の延期によって計画通りには進行していないことによる。この状況を受けて、Webサイトにおいて公開されている画像データ及び複写物の使用によって現物調査の代替を図っているところであるが、計画段階で期待された平安期の古記録の逸文の発見に当初の見込みほどには至っていないことも事実である。また斎戒に関して多面的検討を行うことを目的とした島根県佐太神社の神在祭でのフィールドワークについても、調査仲介者による聞き取り調査の代行といった手段を講じて調査を部分的に実施している段階にあるが、祭礼そのものの中止や調査先からの自粛要請によって研究者当人が現地での調査を未だ行えていない状況にある。 以上のことから現時点までにおいては、刊本などによる検討は実施出来ているものの、研究者独自の調査に基づく情報収集作業が不十分であると言えるため、全体として、「やや遅れている」との自己点検を行うところである。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の成果もしくはその一部を、本研究計画以前の研究成果と併せ、日本古代における服喪慣習の展開を主題とする単著としてまとめることを、本研究計画実施期間中の目標として計画ではとり定めている(上記成稿中の論文は、学会誌への投稿ではなく、その中での新稿とすることを予定している)。したがって今度は、前述の通り、斎戒や精進などの慣習と比較した場合の、「服喪時の禁忌が持つ特質」を解明するための検討に移る。その上で、日本古代における服喪慣習の実態及びその変遷、また中国礼を1つの骨組みとしつつも実態上はそれとは大きく異なるものとしての日本古代の服喪慣習の特質はどのように説明され、それは中近世の慣習とどう連関するものであったのか、という単著での最終的考察を実施する。 新型コロナウイルス感染症の影響によって延期中の史料調査及びフィールドワークは、早い段階での実施が望まれるところであるが、今後も状況の好転が見られないという場合も考慮に入れて、前述の代替手段による調査を継続して実施する。なお令和4年度中には、佐太神社神在祭に関しての聞き取り調査結果を、調査概報といった形で調査仲介者と共同で島根県内の研究機関が発行する紀要(研究報告書)で発表することを予定している。
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