研究課題/領域番号 |
19J01682
|
研究機関 | 専修大学 |
研究代表者 |
井上 弘樹 専修大学, 経済学研究科, 特別研究員(PD)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
|
キーワード | 医療社会史 / 国際医療協力 / 日本 / 沖縄 / 台湾 / 日本寄生虫予防会 |
研究実績の概要 |
2019年度、報告者は、戦後日本で寄生虫症対策を進めた日本寄生虫予防会の活動を中心に、日本国内における寄生虫症対策の歴史を分析した。結果として、中央組織としての日本寄生虫予防会に加え、地方での寄生虫症対策に視野を広げた調査と分析をすることができた。また、次年度に本格的に調査をする予定の沖縄(琉球)に関しても、注目すべき寄生虫症や資料を一部分ながら把握できた。 具体的な研究成果として、報告者は、社会経済史学会第88回全国大会において「「風土病」の克服は日本社会をどう変えたのか?」というパネルを組み、「回虫症対策から見た地域社会:日本寄生虫予防会の設立と活動」と題して報告した。本報告では、寄生虫予防会が、官学に加え、地域社会を支えた各種団体(婦人会や青年団など)を積極的に取り込んで組織の基盤としつつ、対策を推進しようとしていたことを、具体例を挙げつつ指摘した。また、国内での寄生虫症対策の事例研究として、報告者は、愛媛県でのフィラリア症対策について調査をした。これは、寄生虫症対策が、地域社会を支えた青年団や婦人会、あるいは地域住民の生活と相互に影響を及ぼしながら行われたことを端的に示す事例であった。 報告者は、新たな一次資料の調査も進めた。例えば、山梨県で流行した日本住血吸虫症に関する資料として、米陸軍第406総合医学研究所の研究者たちと対策を担った山梨県の医師との間の書簡など、山梨県での寄生虫症対策をめぐる国際交流を分析する上で貴重な資料がある。 このほか、2020年度に本格的な調査・分析を進める予定の沖縄(琉球)における寄生虫症に関しても、沖縄県立図書館や琉球大学附属図書館において初歩的な調査をした。報告者は、この調査の成果を国内外の学術会議において発表して、歴史学以外の分野の研究者との交流を通じて、新たな知見を得た。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
日本寄生虫予防会に関連する資料については、パンフレットや機関紙『寄生虫予防』の内容の分析を進めた。約20年間毎月刊行された『寄生虫予防』の詳細な分析には時間を要するものの、日本寄生虫予防会の活動や地方の寄生虫症対策を知るうえで、貴重な情報が多い。地方の寄生虫症対策としての事例研究となる愛媛県でのフィラリア症対策については、愛媛県立図書館や愛媛県庁企画振興部広報広聴課などで、新聞資料のほか、行政刊行物や地元婦人会の刊行物を中心に調査をした。そして、フィラリア症対策の現場が直面した困難などを窺い知れる有益な資料を確認できた。 山梨県の日本住血吸虫症対策をめぐる国際交流に関わる書簡については、ほかの研究者や大学院生たちとともに整理と分析を始めた。これは緒に就いたところである。 沖縄に関連するものとして、報告者は、沖縄県立図書館や琉球大学附属図書館において、沖縄の医学史研究者の金城清松旧蔵資料や沖縄特有の寄生虫症(有鉤条虫など)に関する資料などを調査して、学会報告を行った。その際に、学会参加者との討論を通じて、韓国やフィリピンの研究と本研究の比較可能性や、考古学や寄生虫学の知見の重要性を確認した。また、報告者は、会議を通じて他分野他地域の研究者と交流して、こうした研究者たちと、今後の学術会議でのパネル報告などを企画している。 このほか、報告者は、共同運営をしているウェブサイト(感染症アーカイブズ、https://aidh.jp/)の内容の充実を図った。研究情報の発信として、ウェブサイト上で公開できる資料や研究の情報を継続的に更新している。 なお、2019年度末に予定していた韓国や沖縄での調査や会議が、COVID-19の流行により延期となった。ただし、2020年度に実施することができれば、今後の研究の進捗に大きな影響はないだろう。
|
今後の研究の推進方策 |
2020年度は、米軍政下の沖縄での寄生虫症対策と日本・沖縄関係史を分析する。具体的な論点は、当該時期の沖縄においてどのような寄生虫症が流行しており、どのような対策が実施されたのか、及び、その際に沖縄、日本、米国の各関係者がどのような役割を果たしたのかといった点である。そして、日本で蓄積された寄生虫症対策の学知が、沖縄で蓄積されていた学知とどのように関係したのかを明らかにすることにより、寄生虫症対策という場面での米軍政下の沖縄と日本の関係の構築を論じる。 研究方法は、文献資料の分析と聴き取り調査である。例えば、沖縄県公文書館所蔵の琉球政府文書や、沖縄で調査を行った寄生虫学者の大鶴正満の資料(目黒寄生虫館所蔵)がある。沖縄県立図書館、琉球大学附属図書館、国会図書館などが所蔵する医学論文や新聞記事も重要な資料となる。また、日本寄生虫予防会も、沖縄での活動を積極的に進めていた形跡があるので、『寄生虫予防』などの分析を通じて、その活動を追う。そして、本研究の成果を学術雑誌に投稿する。 前年度の調査や学会報告をもとに、雑誌論文を公表することも課題の一つである。さらに、山梨県の日本住血吸虫症関連の書簡の整理と分析も前年度から継続する課題である。このほか、国内外や他分野の研究者との交流や、ウェブサイト(感染症アーカイブズ)を通じた情報の発信を続ける。 なお、2020年5月現在、COVID-19の流行に伴い、調査の旅程が組みにくいという事情があるので、本年度の前半はすでに収集した資料の分析が中心となる。沖縄などでの本格的な調査は、本年度後半に実施することになるだろう。
|