水圏に生息する魚類においては、外界と体内との間の浸透圧差により、体表を介して常に水やイオンが移動する。しかし、淡水域・海水域のいずれに生息していようとも、鰓・腎臓・腸・膀胱からなる浸透圧調節器官が機能することで、魚類の体液浸透圧は常に一定に維持されている。こうした魚類のイオン代謝メカニズムについて、本研究では主に腎臓を中心に着目し、解析することとした。 本年度は、昨年度までに得られたモザンビークティラピアおよびメダカの腸で発現する因子、その中でもメダカの淡水群と海水群との間で顕著な発現の差を示した複数の特定の因子について、より詳細な解析を進めることとした。こうして見出された当該因子は、脊椎動物を通して広く保存されている細胞間のインタラクションを制御する機能を持つ遺伝子群に所属し、それらと共通した特有のモチーフ構造を有することがわかった。加えて、系統樹解析を行ったところ今回見出した遺伝子群は、魚類にのみ存在する新規の遺伝子であることも明らかとなった。さらにこれらは、同じファミリー内の既知の遺伝子群よりも進化速度が速い可能性が示唆された。続けて解析を進めたところ、この新規遺伝子群は淡水適応を制御する特定の因子と共役する可能性が示唆されたため、その相互作用の解析を目指した。並行して、淡水および海水のそれぞれに適応したメダカの各組織をサンプリングし、発現の比較による解析を目指した。こうして集積したデータから、新規遺伝子の中でも「淡水型」および「海水型」として機能しうる候補が幾つかに絞られた。上記の研究成果は、魚類における新規の浸透圧調節機構の存在を示唆するものであり、当初の目標とは異なるものの、今後、魚類の浸透圧調節機構を理解する上で礎となりうる重要なデータが得られたといえる。
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