研究課題
がんの超初期段階において正常細胞層に少数の変異細胞が生じた際、正常細胞とがん変異細胞との細胞間相互作用の結果、正常細胞層から変異細胞は排除される。この現象は細胞競合現象として知られている。これまで、細胞競合特異的に起こるがん変異細胞内での代謝変化が変異細胞の排除に機能していることや、高脂肪食の摂取による個体の肥満に伴った細胞内代謝機構の変動により、肥満個体の生体内において変異細胞の排除が抑制されることなどが明らかとされてきた。しかしながら、細胞競合特異的な代謝変化を制御するメカニズムは未だ解明されていない。このことは代謝経路の変化が、単独の因子ではなく、多数の因子の働きによって初めて結果として表出する複雑なプロセスであることに起因する。また近年、このような複雑な代謝ネットワークを、ゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームなどから成る多階層オミクスを統合したトランスオミクスネットワークとして捉え、解析する技術--トランスオミクス解析が確立されつつある。そこで本研究では、肥満による細胞競合特異的な代謝メカニズムの変動の全容を明らかにするべく、代謝トランスオミクス解析の基盤技術の確立と解析を試みる。本年度は細胞競合系における代謝トランスオミクスネットワークの構築に係る要素技術の確立のため、予備的な実験データとして取得した健常と肥満モデルマウスの肝臓を対象に、トランスクリプトームとプロテオーム、メタボロームなどのマルチオミクスデータの解析パイプラインを樹立し解析を試みた。
2: おおむね順調に進展している
細胞競合の代謝トランスオミクス解析に向けた、解析パイプラインの構築を進めている。具体的には細胞競合系のモデルとは異なるが、肥満マウスと健常マウスの肝臓を対象に、すでに取得しているトランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームなどの既存データを利用し、マルチオミクス解析を行った。これにより、肥満個体において発現量が変動した分子などを網羅的に同定することに成功した。また、健常-肥満個体の二群間で変動した代謝反応に対する制御トランスオミクスネットワークを部分的に構築した。プロテオームの結果から肥満によって変動した代謝酵素群を同定し、それらのうち転写産物による発現制御を受けた分子について、トランスクリプトームデータとの接合から同定した。また、肥満によって変動した代謝物から、BRENDAやKEGGなどのデータベースを駆使し、バイオインフォマティクスの手法から代謝物によるアロステリック制御などの代謝酵素への制御も同定した。
本年度の一連の解析によって同定された肥満変動分子と肥満変動制御ネットワークは、肥満における細胞競合能の抑制において寄与している可能性が考えられる。そのため、肥満における代謝酵素の制御を中心的に担う因子を同定し、これについて細胞競合特異的な代謝メカニズムとの関係を検討していく。また、本年度確立したトランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームを統合した代謝トランスオミクスネットワークの構築法は、細胞競合系をモデルとしたオミクスデータを用いてのネットワークの同定にも応用できるため、その検討を進めていく。
すべて 2019
すべて 学会発表 (1件) (うち国際学会 1件)