研究課題/領域番号 |
19J10309
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
佐藤 悠治 大阪大学, 基礎工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 転位核生成 / ナノインデンテーション / 原子モデリング / マルチスケール解析 / 分子動力学法 / 遷移状態理論 |
研究実績の概要 |
今年度は材料中で生じる欠陥核生成のうち、転位核生成を取り上げ、材料に対して圧子を押し込むナノインデンテーション試験中に生じる転位核生成の発生荷重の温度・押し込み負荷速度の依存性を、原子モデリングを基本としたマルチスケール手法および遷移状態理論を用いて予測することを目的として研究を行った。 まず材料の原子モデルに対してナノインデンテーションの分子動力学(MD)解析を実施した。転位核生成が発生するまで球状圧子を押し込み、各押し込み段階で圧子直下に存在する原子の各々に対して発生する応力分布を獲得した。次に、ナノインデンテーション中に生じる転位核生成過程の活性化エネルギーを計算するため、Nudged Elastic Band(NEB)法と呼ばれる最小エネルギー経路探索手法を用いて解析を行った。MD解析で計算した原子応力分布を直方体状の原子モデルに重ね合わせ、このモデルに対してNEB解析を行い、圧子直下で発生する転位核生成過程の最小エネルギー経路を算出し、得られた経路から転位核生成の活性化エネルギーを計算した。そしてこの結果を用い、確率モデルから押し込み荷重ごとの転位核生成の発生確率を計算した。異なる温度および押し込み速度での転位核生成確率を計算することで、転位核生成が発生する荷重の温度・押し込み速度依存性の予測を行った。 この一連の解析を、体心立方構造を有する鉄およびタンタルに対して実施した。予測した転位核生成荷重の温度・押し込み速度依存性は、温度が高くなるほど、また押し込み速度が遅くなるほど転位核生成が発生する荷重が低くなる傾向が見られ、実験で知られている傾向と一致した。以上から本手法を用いることによって、原子論的情報に基づいて予測したナノインデンテーション中の転位核生成発生荷重の温度や押し込み速度依存性が、実験で見られる温度・押し込み速度依存性を再現できることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
材料のナノインデンテーション試験中において転位核生成が発生する荷重の温度・押し込み負荷速度の依存性は、実験では温度が高くなるほど、また押し込み速度が遅くなるほど転位核生成が発生する荷重が低くなる傾向が見られることがこれまでに知られており、またこの傾向は確率モデルからも説明がなされていた。しかしながら、圧子直下に生じる応力状態が複雑であることから、ナノインデンテーションの実験を経ずに転位核生成の発生荷重の温度・押し込み速度依存性を予測することはなされていなかった。 そこで今年度の研究では圧子直下の原子応力状態をとらえることができる分子動力学シミュレーションを用い、そこで得られた応力状態を基に圧子直下での転位核生成過程における活性化エネルギーを計算し、その結果を確率モデルに入力することにより転位核生成発生荷重の温度・押し込み速度依存性を予測し、実験で見られる温度・押し込み速度依存性が再現できることを示した。以上の予測に際して用いた、原子モデリングを基本としたマルチスケール手法は極めてユニークな手法であり、これによって初めて原子論的情報に基づいたナノインデンテーション中の転位核生成の発生荷重の温度や押し込み速度依存性の予測が可能となったため、当初の計画以上に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
材料のナノインデンテーション試験中に生じる転位核生成は、試験から得られる荷重-変位線図において見られる圧子の変位バースト現象であるpop-inのうち、最初のpop-in(第一pop-in)に起因することが知られている。Pop-inはナノスケールでの材料の塑性変形を特徴づける現象であり、第二以降のpop-inは、第一pop-inの時点で生成した転位のなだれ運動(転位アバランチ)に起因するとされている。この第一pop-inと第二以降のpop-inの発生機構の違いから、両者の発生規模の分布は異なることが予想される。特に第二以降のpop-inに起因する転位アバランチは、マイクロ・ナノピラーの圧縮試験中にも見られ、その発生規模は地震のそれに見られるようなべき乗則に従うことが確認されているが、第二以降のpop-inの発生規模がべき乗則に従うことは未だ実証されていない。この発生規模の分布についての理解は、転位核生成を始点とする塑性変形挙動の発展を推測することの一助となると考える。そこで今後はナノインデンテーション試験中のpop-inに対して、第一pop-inと第二以降のpop-inの違いに着目してその発生規模の統計解析を実施し、第二以降のpop-inの発生規模がべき乗則に従うことを示す。 同時に、双晶の核生成についても解析を実施する。双晶核生成が頻繁に見られ、またその過程の中でせん断による運動とは別にシャッフリングと呼ばれる原子運動が見られるマグネシウムなどの稠密六方(HCP)金属に対し、原子モデリング手法を通じて双晶核生成の活性化エネルギーを求め、その応力・温度依存性を明らかにする。
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