研究課題
本研究では、特異な低温物性、特に多極子秩序状態を発現する強相関希土類化合物に注目し、低温4f電子状態解明のために直線偏光依存硬X線内殻光電子分光(LD-HAXPES)を行ってきた。立方晶PrFe4P12は6.5 Kで多極子秩序の発現が報告されている。この多極子秩序状態はΓ1一重項とΓ4三重項がほぼ縮退した擬四重項が結晶場基底状態になっているという結晶場モデルによって説明がなされてきたが、この結晶場状態が無秩序相で実現しているという直接的な実験的証拠は未だ報告されていない。そこで、我々はPrFe4P12で実現している結晶場状態を観測するためにLD-HAXPESの観測を行った。提案されている結晶場モデルを用いてスペクトル計算を行ったところ、実験結果を定量的に再現できることが分かった。PrFe4P12ではΓ1一重項とΓ4三重項が縮退した結晶場状態が実現していることを示しており、この結晶場状態から理論的に予測される多極子秩序状態の発現を支持する結果である。加えて、立方晶系のように対称性の高い系の秩序状態を観測する手法として磁場印加LD-HAXPESが有用であることを立証した。磁性や多極子秩序といった秩序状態が発現する際、立方晶系では等価な結晶軸が3軸あるために秩序変数の整列する向きを決める量子化軸が一意に定まらず、整列方向の異なるドメインが複数形成されてしまう。そこで、我々は量子化軸を一意的に定めるために、ネオジム磁石を用いて静磁場中で反強磁性発現化合物PrB6を冷却し、LD-HAXPESの観測を行った。磁場中での光電子分光はローレンツ力の影響を光電子が受けることが考えられるが、光電子検出方向と磁場印加方向を同方向にすることで解決することができる。ゼロ磁場下と磁場印加下でのLD-HAXPESを比較するとどちらも同様の実験結果が得られ、磁場印加HAXPESが可能であることを分かった。
2: おおむね順調に進展している
当初は立方晶PrFe4P12に対して無秩序相と秩序相においてLD-HAXPESを行い、4f結晶場基底状態と多極子秩序変数の導出を予定していた。しかしながら実験装置の制約により秩序相での測定が困難であることが分かり、無秩序相でのLD-HAXPESのみを実行した。無秩序相でのLD-HAXPESを測定することで、PrFe4P12において直接観測できていなかった無秩序相での4f結晶場状態を観測することに成功した。我々がLD-HAXPESによって決定した4f結晶場状態は、PrFe4P12の多極子秩序発現に対する理論的研究に用いられている4f結晶場状態と一致している。したがって、無秩序相での4f結晶場状態をLD-HAXPESにより観測したことで、理論的に予測される多極子秩序変数を支持する結果が得られた。またPrFe4P12の研究進捗に加えて、秩序状態でのLD-HAXPES測定の応用が期待できる磁場印加LD-HAXPES測定技術の確立に成功した。以上のことから、本研究課題はおおむね順調に進展していると言える。
初年度に遂行してきたLD-HAXPES測定を立方晶Pr化合物に限る理由はない。本研究手法を四極子秩序発現系の正方晶DyB2C2に適用する。Dyイオンにおける4f電子状態波動関数は自明ではないため、DyB2C2におけるDyサイト対称性に対応した結晶場ハミルトニアンから4f軌道固有状態波動関数を導出する。得られた4f電子状態波動関数を用いて、電子間クーロン/交換相互作用の異方性やスピン軌道相互作用、結晶場を取り入れたイオン模型多重項計算を行い、実験で得られた線二色性と比較することで4f結晶場状態決定を試みる。低温での結晶場状態が特定されると、四極子秩序変数の候補となる活性多極子の導出ができる。活性多極子の相互作用を取り入れたイオン模型計算による線二色性と実験により得た線二色性とを比較することで、四極子秩序変数の特定が可能かを検証する。加えて、初年度に遂行してきたPrFe4P12のLD-HAXPESに対して、より精密な解析を行うことで結晶場状態の詳細決定を試みる。
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