本研究では特異な低温物性を発現する強相関希土類化合物、特に多極子秩序状態を発現する系を中心に低温4f電子状態解明に取り組んできた。我々は低温物性に関係した局在4f軌道対称性を微視的に捉えられる実験手法として硬X線内殻光電子分光直線偏光依存性(LD-HAXPES)に注目してきた。LD-HAXPESが4f軌道対称性観測のためのツールとして利用できる一方で、多極子秩序状態の秩序変数特定手法としての有用性を見出すためにDyB2C2(反強四極子秩序)とPrRu4P12(反強十六極子秩序)に対してLD-HAXPESの観測を行った。両化合物においてLD-HAXPESの観測に成功したが、多極子転移温度前後での有意なLD-HAXPESの変化は確認できず、多極子相互作用がLD-HAXPESに与える影響は小さいことが分かった。 加えて、低温での局在4f軌道対称性が明らかになっていないPrFe4P12とDyB2C2に対して、LD-HAXPESの観測を行い、結晶場状態の特定を試みた。PrFe4P12ではΓ1一重項とΓ4三重項がほぼ縮退した擬四重項が結晶場基底状態になっているという結晶場モデルが理論的に提案されている。実験により観測されたLD-HAXPESはこの提案されている結晶場モデルを用いたスペクトル計算により定量的に再現できることが分かった。また、DyB2C2では結晶場パラメータの自由度の大きさのために、Dyイオンの固有電子状態は自明ではなく、実験結果から電子状態を決定するのが困難であった。そこで我々はモンテカルロ法を基にしたフィッティングを行い、実験結果をよく再現する結晶場基底状態の候補を見出すことに成功した。本研究では四極子秩序発現系DyB2C2の低温での結晶場状態候補を示しただけでなく、LD-HAXPESの観測とフィッティング手法とを同時に用いることで簡便かつ機械的に結晶場状態を明らかにすることが可能であることの実証にも成功した。
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