研究課題
本年度の前半は主に,本研究課題にて用いる,電子-フォノン相互作用を取り扱うための計算コードの改良を行った.この計算コードは元々,キャリア移動度の計算しかできないが,電気抵抗率やゼーベック係数といった,熱電特性を計算し,出力するように機能の一部を改変した.また,コードの改良により大幅な(数十分の一程度の)計算コストの削減に成功した.この改良によって,本研究課題の研究対象であった物質の熱電特性を現実的な計算コストの範囲内で計算することができるようになった.本年度の後半にかけては,改良した計算コードを用いて,実際に存在する物質を研究対象として理論計算を行った.具体的には,マルチバレー構造を有するn 型のZrS2の電子緩和時間を求め,それを用いて熱電特性を計算した.計算によって得られたn 型ZrS2 の電気抵抗率の温度依存性は,過去の実験から期待される温度依存性と定量的にも近い振る舞いを示した.また,電子の状態があるバレーから別のバレーへと遷移する,マルチバレー構造特有の散乱過程であるバレー間散乱が輸送特性に及ぼす影響を調べるため,電気抵抗率への寄与の分解を行うと,バレー内散乱の寄与よりもバレー間散乱の寄与の方が大きいことがわかった(図2 参照).この結果は,マルチバレー型の電子バンド構造を有する物質においては,バレー間散乱に注目した制御を狙うことが,熱電性能向上を目指す上で有力な指針となり得ることを示唆している.
2: おおむね順調に進展している
当初の計画では,複数の熱電物質を対象とした計算を行う予定であったが,実際に計算し,詳細な解析まで行うことができたのは,ZrS2の電子輸送特性のみである.そのため,解析を行うことができた対象物質の数という点においては,当初の計画と比べて若干遅れている.何故なら年度の前半で,計算手法の改良を行っていたためである.コードの改良自体は,当初の計画には含まれておらず,今後の計算に必要な計算コストを削減することに成功したことを配慮すると,全体的には,概ね計画通りの進展であると云える.当初の計画では,TiS2を研究対象物質とする予定であったが,本研究課題において適用している手法では,計算を行う際に問題が生じることが判明したため,対象物質を変更する必要性が生じた.TiS2の代わりにZrS2を研究対象とすることで,当初の計画通りの計算や解析を行うことができた.また,本年度に得られた結果から,TiS2やZrS2が有するマルチバレー型の電子バンド構造と電子の緩和時間との相関について,当初に予定していた議論を行うことができた.
当初の計画では,ZrS2やMg3Sb2よりも先にBi2Te3を研究対象とする予定であったが,技術的な問題で,計算対象の順番を入れ替えるべきと判断し,Bi2Te3よりも先にMg3Sb2を対象とした研究を進めている.そのため,Mg3Sb2の電子輸送特性に着目した理論研究が完遂すれば,Bi2Te3を筆頭としたその他の熱電物質を対象とした理論研究を行う予定である.Mg3Sb2については既に,いくつかの結果を得ることはできているため,今後は,この物質の有する特異なバンド構造と電子緩和時間との相関に着目した理論解析を進めていき,高い熱電性能に起源を明らかにしていく.高性能熱電物質の一つであるBi2Te3は,ZrS2やMg3Sb2と比べると,スピン軌道相互作用が大きく,その影響を無視することができないという問題がある.本研究課題において採用している手法を用いて,電子輸送特性を計算することは可能であるものの,これまでの研究対象と比べると何らかの技術的な問題が生じやすいと考えられる.研究を実行する順を入れ替えたのは,スピン軌道相互作用を取り扱う難しさ以外の問題を先に解決しておくためであった.これまでのZrS2やMg3Sb2の計算において,信ぴょう性の高い結果が得られていることから,スピン軌道相互作用を取り扱った計算を実行できる段階に達したと判断できる.今後においてはBi2Te3を対象として,計算を行うとともに,スピン軌道相互作用が電子輸送特性に及ぼす影響に注目した解析を進めていく.
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Physical Review Letters
巻: 122 ページ: 226601(1-6)
10.1103/PhysRevLett.122.226601