昨年度末に引き続きプルチャーと同所的に生息するカワスズメ科魚類や、系統的に離れたゼブラフィッシュで「顔による個体識別」を検証し。これらの種も倒立効果などの「顔特異的な認知機構」の検証が可能であることを示した。特に、ゼブラフィッシュを含むコイ目魚類では顔による個体識別は従来報告されておらず、今後の研究は魚類の顔認知能力の進化を考える新しい知見をもたらすと期待される。 本年はさらにこれらの種で「顔特異的な認知機構」を検証する予定だったが、コロナウイルスの流行に伴い十分な実験個体を確保できなかった。そのため、現時点での個体数で実験を行うとともに、昨年度の「顔への注視を引き起こす要因」の補足実験を行った。その結果、プルチャーが他個体の顔を注視するとき眼が非常に重要な要因であると明らかになった。眼への注視はヒトや霊長類、イヌ、カラスのように視点取得や視線追従、情動理解といった顔を介したコミュニケーションをとる種に共通するものであり、これは魚類においてもそうしたコミュニケーションの検証の必要性を意味する。ほかに、プルチャーを用いて地域個体群間の模様の違いが顔認知に影響を与えるか検証した。本種はタンガニイカ湖全域に生息するが、地域によって模様の大まかなパターンが異なる。同種個体であっても地域的な距離が離れていると識別が困難になるというのは、ヒトにおいて外国人の顔は同じに見える「異人種効果」でよく知られた現象である。異人種効果は経験により生じるとされているが、ヒト以外の動物では全く検証されていなかった。これらの成果は早急にまとめて論文として投稿する予定である。 本年度は当初の計画から変更があったものの、それに代わるテーマに取り組むことができた。そのため、魚類における顔特異的な認知機構を検証し、脊椎動物の顔認知様式の進化に迫るという本研究課題の大目的には大きな進展があったと認識している。
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