研究課題/領域番号 |
19J10574
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研究機関 | 岐阜大学 |
研究代表者 |
中郡 翔太郎 岐阜大学, 連合獣医学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 鯨類 / 病理学 / 肝臓 / 肝吸虫 / アミロイドーシス |
研究実績の概要 |
鯨類は海洋生態系における高次捕食者であり、その健康状態は海洋環境の健全性や変動の指標としてしばしば用いられる。近年、鯨類を取り巻く環境は人間活動により変化しており、申請者が行ってきた北海道周辺海域に生息する野生鯨類の疾病調査においても多彩な疾病が高率に見つかっていることから、その健康状態が懸念されていた。しかしながら、今まで実施してきた調査では疾病の有無は見出せたものの、それら疾病の背景要因の把握には至らず、病態の解明やその意義の解明が課題として残っていた。本研究では、生体内の代謝を担う肝臓に着目し、鯨類の種差による免疫応答の違いを明らかにすることと、病変形成に関わる因子の探索を主な予定とした。 種差による免疫応答の違いを明らかにするため、鯨類において最も一般的な寄生虫性疾患の1つである肝吸虫症に着目した。ネズミイルカ、イシイルカ、ハッブスオウギハクジラの3種、計18頭を解析対象とし、形態学的ならびに免疫組織化学的検討を行った。その結果、肝吸虫という同一刺激に対し、各種でそれぞれ特徴的な病変形成および免疫反応が認められ、これらの種における基礎的な免疫応答のパターンを把握することができた。 また、重篤な肝病変を形成し、種々の鯨類の中でもオウギハクジラにのみ好発する全身性アミロイドーシスについても詳細に検討した。雌雄の両方を含む様々な成長段階の個体35頭を病理学的に精査した結果、本疾病は12頭で認められ、日本沿岸に漂着するオウギハクジラは34%の高い確率でアミロイドーシスに罹患していることが確認された。また、その発生要因に性別や年齢、栄養状態、寄生虫感染、慢性炎症の有無は関わっていないことを統計学的に明らかにした。原因の究明には至らなかったが、日本沿岸における本種の生息数は減少している可能性があり、保全の観点からも継続した病理学的モニタリングが重要であることが確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
肝吸虫症の研究では、1年目にまとめることを予定していた肝吸虫に対するハクジラ類3種の免疫応答の解析、および肝臓における線維化の機序解明の部分を完了することができた。これらの成果は獣医学雑誌に投稿しており、2020年中には公刊に至ると考えている。一方で、1年目から解析を進め、2年目にまとめることを考えていた肝吸虫症に対する免疫応答の個体差については、個体ごとの組織形態像の多様性は解析できたものの、RNA を用いた遺伝子の発現量解析は漂着・混獲個体の剖検時の腐敗状態により良質なRNAの回収が難しく、困難であった。本点は計画時には予期しておらず、今後、どのような方法で研究を展開していくか、改めての検討が必要である。 また、オウギハクジラにおける全身性アミロイドーシスについては、本種に特徴的な疾患であることを突き止め、その病態解明を目的として行ったオウギハクジラに絞った研究の成果は、獣医病理学界において最も格式が高いとされる Veterinary Pathology 誌に掲載された。予定していた沈着タンパク質のアミノ酸配列解析は3度試みたものの良好な結果が得られなかったため、解析手法を変えて2年目も継続して取り組む必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
2年目の研究についても、ハクジラ類の肝吸虫症とオウギハクジラのアミロイドーシスを中心とした研究を推進する予定である。 肝吸虫症については、免疫応答の個体差における背景要因を探るため、既に材料が多く集まっており、今後も新たな試料を得やすいネズミイルカに対象を絞って遺伝学的な解析を行う。現在まで採取してある試料からより良質な RNA を抽出するための抽出方法を試行錯誤することに加え、自然漂着個体だけでなく、より鮮度の高い混獲個体を重点的に集め、次世代シーケンサーを用いたヒトや他種の動物で肝傷害と関連があるとされる遺伝子の発現量解析を試みる。 一方、アミロイドーシスについては、オウギハクジラにおけるアミロイドーシスの原因タンパク質であるアミロイド A のアミノ酸配列を明らかにし、ハンドウイルカやウシなどの他種における同タンパク質の配列との相同性を解析することを一番の目標とする。オウギハクジラについては既知の遺伝的情報が非常に限られているため、計画通りに遺伝的解析を遂行できるかは不透明ではあるが、アミロイド A タンパク質について遺伝子側からの解析も実施し、そのコード領域の多型性解析や種全体の遺伝的多様性の解析を試すことも予定している。 また、従来通り、種に限らず漂着鯨類の病理学的サーベイランスを続け、重大疾病のモニタリングも継続していく。肝臓を標的とした新規・稀有疾病を見つけた場合は症例研究という形でその病態解明を試みる。
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