鯨類は海洋生態系における高次捕食者であり、その健康状態は海洋環境の健全性や変動の指標としてしばしば用いられる。近年、鯨類を取り巻く環境は人間活動により変化しており、申請者が行ってきた北海道周辺海域に生息する野生鯨類の疾病調査においても多彩な疾病が高率に見つかっていることから、その健康状態が懸念されていた。昨年度の本研究開始時までに実施してきた調査では、疾病の有無は見出せたものの、それら疾病の背景要因の把握には至らず、病態の解明やその意義の解明が課題として残っていた。そこで、昨年度からの研究では、生体内の代謝を担う肝臓に着目し、鯨類の種差による免疫応答の違いを明らかにすることと、病変形成に関わる因子の探索を主な予定とし研究を推進していた。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の流行ならびに中途辞退により、予定していた解析の多くを進められず、本年度は研究成果の公表に努める結果となった。 国際誌に掲載された1つ目の研究は、鯨類において最も一般的な寄生虫性疾患の1つである肝吸虫症に着目し、種差による免疫応答の違いを明らかにするため行った。ネズミイルカ、イシイルカ、ハッブスオウギハクジラを解析対象として形態学的ならびに免疫組織化学的検討を行い、肝吸虫という同一刺激に対し、各種でそれぞれ特徴的な病変形成および免疫反応が認められることがわかり、これらの種における基礎的な免疫応答のパターンを把握することができた。 また、肝臓疾患の研究を遂行するために蓄積した症例の中で、人獣共通感染症でもあるトキソプラズマ症を沿岸性鯨類であるスナメリとその胚において見出した。本疾患は本来、陸域の疾患であるため、スナメリに認められたことは沿岸海域の汚染が示唆され、保健衛生的観点や絶滅危惧生物の保全上の観点から重大事象と判断したため、国際誌にて公表に至った。
|