本研究では,日本における地理的犯罪予測手法の確立にむけた研究を行った. 既存の犯罪学理論をもとに,日本で考慮すべき犯罪予測因子を,長期的・潜在的リスク(施設分布,社会経済的特性による固定的なリスク形成効果)と短期的・顕在的リスク(直近で発生した犯罪による急激なリスク増大効果)とに整理した上で,日本では前者のリスクが優勢と考え,これをベースに後者を組み合わせる(前者で推定されたリスクに,後者のリスクを乗算する)方法を提案した.この基本的なコンセプトをもとに,各罪種に適した予測モデルをそれぞれ作成し,予測性能を検証すべく3つの研究を行った. 研究1として,車上狙い・部品狙いに対し,過去の犯罪蓄積を施設分布等の情報で空間回帰した残差を用いることで,未知の長期的・潜在的リスクを推定するなどのアイディアからモデルを作成し,予測精度は既存モデルに比して平均で1.6倍ほど向上,そのばらつき(S.D.)も5割程度減少するなど,予測の安定性も向上した. 研究2として,電車内を除く公共空間(路上,公園など)で発生した痴漢に新手法を適用し,施設分布の状況のほか,人流ビッグデータを利用しながら,ゼロ過剰な負の二項回帰を用いるなどのアイディアからモデルを作成し,既存モデルから平均して1.2倍ほどの予測精度を得た. 研究3として,日本の犯罪情勢上の関心事である特殊詐欺のうち,主に高齢者を無人ATMに誘導して振り込ませる還付金等詐欺について,ATMの周辺環境,特に施設のどこにATMが設置されているか(買い物客,スタッフの目に触れる場所にあるか等)といった情報,および警察担当者との現地調査から設定した変数を利用しながら,マルチレベル負の二項回帰を用いるなどのアイディアからモデルを作成,ランダムな予測と比較して2倍以上の予測精度を得た.
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