胃腸炎ウイルスによる感染症被害は、水処理場等の高度な衛生設備を有する先進国でさえ未だ制御しきれておらず、毎年感染報告がなされている。高い変異速度を示す胃腸炎ウイルスは、水処理や家庭等で様々な場面で使用されている消毒から逃れ、ヒト社会中に蔓延し続けている可能性がある。あるいは、統一的な消毒強度決定スキームの欠如のために、各水処理場においてウイルスが十分に不活化されていない可能性もある。本研究では、集団遺伝学に基づいて胃腸炎ウイルスの代表であるロタウイルスの消毒剤感受性が変化するかどうかを検証し、そのメカニズムの解明を試みた。さらに、処理場間で異なる水質を考慮した予測不活化モデルの構築を行なった。 ロタウイルス集団の消毒剤感受性変化を検証するために、塩素消毒を繰り返し曝露させ、各種表現型、塩素感受性及び集団遺伝学的特性の変化を追跡した。その結果、塩素曝露の有無にかかわらず、塩素低感受性集団がランダムに出現し、その外殻タンパク質遺伝子の塩基多様度は有意に高かった。低感受性集団中により多くの凝集体が含まれており、進化シミュレーションによって、遺伝的に多様な集団における低頻度個体間の「協力」により凝集体が形成され、塩素感受性を不安定化させることが示唆された。ウイルスの消毒剤感受性変化メカニズムを解明した例は報告されておらず、世界初の知見が得られたと言える。 予測不活化モデルの構築に関しては、水質情報を説明変数とした胃腸炎ウイルス予測不活化モデルを構築した。機械学習アルゴリズムの一つであるスパース推定法を適用すると、多くのモデルにおいてデータへの過剰適合を防ぐことが可能となり、且つ高い予測精度が得られた。処理場従事者が本モデルを用いて簡単にウイルス不活化効率を予測し、各処理場に適した消毒強度の決定を可能としたことから、本研究は極めて社会への還元性が高いと言える。
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