研究課題/領域番号 |
19J11147
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
高谷 直己 北海道大学, 水産科学院, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 海洋性カロテノイド / フコキサンチン / NASH / 脂肪肝 / 酸化ストレス / 炎症 / 線維化 / フコキサンチン代謝物 |
研究実績の概要 |
メタボリックシンドロームの肝臓における表現型といわれる非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は、肝臓の脂肪化(脂肪肝)をはじめとして、過剰な酸化ストレスの負荷、炎症の亢進を特徴とする。未だNASHに有効な治療薬はなく、食品因子による予防方策が望まれている。そこで本年度は、ワカメなどの褐藻に豊富に含まれる海洋性カロテノイドである「フコキサンチン」のNASH抑制作用について評価を行った。健常タイプC57BL/6Jマウスにコリン欠乏アミノ酸含量調整食を摂取させたところ、脂肪肝や肝障害が生じるとともに、肝臓における過酸化脂質の増加やTNFα等の炎症マーカーのmRNA発現の顕著な増加がみられ、NASHが誘導された。対して、フコキサンチン投与したマウスでは、脂肪肝や肝障害、肝過酸化脂質蓄積、炎症マーカーの発現増加がいずれも強く抑制された。さらに、NASH誘導マウスの肝臓組織では、コラーゲン等の線維化関連因子のmRNA発現が促進されたが、フコキサンチン投与により、線維化関連因子の発現とともに線維化に関わる肝星細胞の活性化が著明に抑制された。以上より、フコキサンチンは、NASHの増悪因子である肝脂肪化、酸化ストレスや炎症を抑制するのみならず、線維化の初期段階も抑制することが明らかとなった。一方、フコキサンチン投与マウスの肝臓脂質をHPLCにより分析したところ、脱アセチル化したフコキサンチノールや脱エポキシ化したアマロウシアキサンチンAに変換されていた。そこで、マウス由来肝実質細胞に脂肪蓄積を誘導するアッセイ系を確立し、これら代謝物を評価したところ、フコキサンチノールが飽和脂肪酸による脂肪蓄積を抑制することが分かった。従って、in vivoで見られたフコキサンチンのNASH抑制作用機序の一つに、代謝物であるフコキサンチノールによる肝脂肪化抑制を介している可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度の計画として、in vivo NASHモデル系の確立とフコキサンチンによる抑制作用評価を掲げており、コリン欠乏アミノ酸含量調整食によって誘導されるNASHに対して、フコキサンチンが著明な抑制作用を示すことを見出したことから、目標をおおむね達成できたと考える。さらに、NASH誘導マウスの肝臓において、摂取されたフコキサンチンはフコキサンチノールやアマロウシアキサンチンA等に代謝されることを見出した。NASH肝では顕著な脂肪蓄積が観察されたため、マウス由来肝実質細胞を用いてin vitroでの再現を検討したところ、飽和脂肪酸添加により肝細胞内脂肪蓄積を誘導するアッセイ系を確立することができた。このアッセイ系を用いて、フコキサンチン代謝物の作用を評価したところ、フコキサンチノール処理によって脂質蓄積が抑制されることを見出した。したがって、フコキサンチンによるNASH抑制メカニズムの一端に、生体内代謝物であるフコキサンチノールが関与する可能性という新たな知見を得ることができた。また、NASH肝では脂肪蓄積のみならず炎症の亢進も見られ、重要なNASH増悪因子である。現時点で、肝細胞における炎症誘導評価系の確立については実現可能な段階にあり、次年度にはフコキサンチン代謝物による抑制作用評価をはじめ、更なる詳細な解析が期待できる。一方、フコキサンチン投与により線維化関連因子も強く発現抑制されたことは予想以上の成果であった。ごく最近、フコキサンチンがヒト由来肝星細胞に対して抗線維化作用を示すことが報告されており(in vitro)、本研究によりin vivoでも実証することができた。しかしながら上述のように、生体内ではフコキサンチンは代謝変換されるため、今後フコキサンチン代謝物の抗線維化作用の解明が期待される。以上より、現在までの進捗状況として、おおむね順調に進んでいるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
NASH発症過程において、常在性マクロファージや浸潤細胞と肝実質細胞が相互に悪影響を及ぼし、肝機能破綻をきたす。NASH誘導マウスの肝臓において、フコキサンチン投与により炎症性因子のmRNA発現増加の抑制に加えて、細胞浸潤マーカーのmRNA発現も明らかな低値を示しており、肝臓組織への細胞浸潤が抑制されている可能性が示唆された。以上より、フコキサンチン代謝物は肝細胞と免疫細胞における細胞間相互作用に対する制御機能を有する可能性が考えられる。そこで今後の研究推進方策として、まずはマウス由来肝実質細胞を種々の炎症誘導物質で刺激し、免疫細胞浸潤に関わる遊走関連因子の特定とその産生増加条件を模索する。条件決定次第、フコキサンチン代謝物を肝細胞に処置し、特定した遊走関連因子のmRNA発現やその産物タンパク質の産生に対する抑制作用を評価する。次に、トランスウェルを用いて免疫細胞と肝細胞の共培養系を構築し、各々の細胞にカロテノイド代謝物を処置し、先に特定した遊走関連因子の産生や免疫細胞遊走活性とともに、肝機能破綻を導く炎症関連因子とその発現に関わるNF-kBやJNKシグナルに対する抑制作用を明らかにする。さらに、フコキサンチンやその代謝物による活性は特徴的な分子構造に起因することが予想されるため、種々のフコキサンチンアナログ分子を用いた活性比較試験を行い、細胞間相互作用に対する制御機能に重要な分子構造の特定を図る。以上の方策を進め、フコキサンチンによるNASH抑制作用の全容解明を目指す。 併せて、本年度確立したin vivo NASH評価系を用いて、商業的にも重要なノリ等の紅藻カロテノイドのNASH抑制作用を評価する。カロテノイド代謝物の組織分布と、脂肪肝、炎症・浸潤、線維化に対する作用との関連を精査するとともに、フコキサンチンとの比較によりNASH抑制に重要な分子構造や作用点を明確化する。
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