研究課題/領域番号 |
19J11173
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
鈴木 陽太 早稲田大学, 理工学術院, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | ボロン酸 / 化学センサー / 糖類 / アゾ化合物 / 反応機構 |
研究実績の概要 |
近年の食生活の変化から糖尿病は世界の生活習慣病の一つとして扱われ始めてきた。このことから、簡便な血糖値診断を可能にする、D-グルコース(血糖)センシングシステムが求められている。従来、血糖値測定には酵素を用いたシステムが主流であるが、酵素は熱やpHに対する耐久性が低く、その寿命は長くない。近年、安定なボロン酸化合物をベースとしたボロン酸型D-グルコース比色定量試薬の開発が注目されている。しかし、これまでの定量試薬の開発では発色団の分子設計のみに主眼が置かれ、その反応自身に関する基礎的な研究はこれまで疎かにされてきた。そこで本研究では、従来の設計指針とは一線を画し、ボロン酸の糖との反応に関する溶液内反応論的研究に基づくことで、選択性、応答性、反応性いずれも高いことが期待されるボロン酸型D-グルコース比色定量試薬を開発し、評価を行う。 令和元年度は、糖類と反応して劇的な色調変化を示すと知られている、o-アゾフェニルボロン酸の構造と反応性の相関を検討し、色調変化のメカニズムを明らかにした。一連のo-アゾフェニルボロン酸の糖類に対する反応性の評価のために、D-グルコースのモデル化合物であり、ボロン酸に対する反応性の高いD-フルクトースを用いた。生理学的pHにおける反応生成定数を決定し、o-アゾフェニルボロン酸の構造と反応性の相関を明らかにした。また、UV-Vis、11B NMRスペクトルの溶媒依存性の測定から、o-アゾフェニルボロン酸が糖との反応によって生み出す、この劇的な色調変化を引き起こしている化学種を特定した。これによってo-アゾフェニルボロン酸の色調変化のメカニズムを明らかにした。最終的に、検討した一連のo-アゾフェニルボロン酸の中から最も高い性能を持つと期待できる構造を提案した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
次に述べるように着実に成果が得られている。 (1)我々は一連のo-アゾフェニルボロン酸をジアゾカップリングによって合成し、黄,赤,青色など様々な色を持つ新規o-アゾフェニルボロン酸の合成に成功した。これらボロン酸とD-フルクトースとの各反応について、Ringbomらの提唱した「条件平衡定数」の概念を適用することで、pHに依存しない生成定数を算出した。この生成定数は、任意のpHにおける条件生成定数の算出を可能にするものであり、各ボロン酸の同一pHにおける反応性を直接比較することができるようになる。本研究では生理学的pHであるpH=7.4における条件生成定数を算出した。興味深いことに、この条件生成定数の常用対数とボロン酸部位のpKaとの間には直線自由エネルギー関係が見られた。さらに、この直線関係は他のさらに単純な構造を持つボロン酸についても成立した。つまり、この直線関係を利用することで、ボロン酸の酸性度から反応性を定量的に予測することが可能になる。 (2)o-アゾフェニルボロン酸のUV-Visスペクトル溶媒依存性を測定したところ、プロトン性溶媒中では非プロトン性溶媒中とは大きく異なるスペクトルを示すことが明らかになった。11B NMR測定から、o-アゾフェニルボロン酸のアゾ基とホウ素中心の間にプロトン性溶媒分子が挿入された化学種を形成することが示された。さらに、o-アゾフェニルボロン酸の糖との反応による色調変化は、この溶媒挿入化学種からのD-フルクトースの配位による溶媒の解離によって引き起こされていることを明らかにした。 (1)と(2)のように我々はo-アゾフェニルボロン酸の反応性・色調変化のメカニズムについての基礎研究を行い、これらの研究に基づくことで、最終的に検討したものの中から最も高い性能を持つと期待できるo-アゾフェニルボロン酸を提案した。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度は、令和元年度に明らかにした最も性能の高いo-アゾフェニルボロン酸に、糖類に対する反応性の高い新たなボロン酸部位を接続することで、分子内にボロン酸部位を2つ持つジボロン酸化合物を合成する。D-グルコースはボロン酸に対する反応部位が2つ存在するため、ジボロン酸骨格を作り上げることで、D-グルコースに対する反応性・選択性を向上できる。このジボロン酸化合物を合成し、D-グルコースに対する反応性、選択性をUV-Visスペクトル測定によって確認する。また、o-アゾフェニルボロン酸と2つ目のボロン酸部位を結ぶリンカーの構造を種々検討することで、D-グルコースに対して最も高い反応性と選択性を示す構造の探索を行う。最終的に、人工尿や人工血液などの疑似サンプルを用いて、開発したジボロン酸化合物が実践領域で使用可能であることを確かめる。
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