本研究で用いた海産カジカ科魚類は、近縁種に一般的な魚類のように体外受精をおこなう種と、哺乳類のように体内受精を行う種が混在する種群である。さらに、異なるオス同士の精子が受精を巡って競い合う精子競争の度合いも種によって様々である。興味深いことに、日本沿岸と北米沿岸の異なる地域で、これらの繁殖様式が進化したようである。本研究は受精様式の進化や精子競争の激化により精子がどのように進化したのかを、精子の運動性、形態、微細構造、タンパク質の観点から、系統関係に照らしあわせて明らかにすることを目的とした。また2019-2020年にかけて、若手研究者海外挑戦プログラム及びサンフランシスコ州立大学の協力の下アメリカに1年間滞在し、系統種間比較に用いる種を採集した。 国内外で採集した47種の海産カジカ科魚類の精子を調べた結果、過去の報告とは異なり、受精様式の違いは、精子の長さに影響を与えず精子の頭部形態の伸長に関与していた。さらに精子競争レベルの違いは、精子の全長および遊泳速度の増加に関わることがわかった。分子系統樹を用いた系統種間比較の結果、これらの形質は、異なる系統で独立に複数回平行進化し、微細構造や分子基盤にも影響を与えたことが明らかになった。この結果は、海産カジカ科魚類のみならず、他の体内受精を有する魚類でも一般性を持つことが明らかとなった。一方、淡水産のバイカルカジカ類の精子の比較では、体内受精の進化により精子の頭部形態が小さく、寿命が長くなることを明らかにし、メスの体内環境への適応が一義的でない可能性を示唆した。 本研究により、精子は様々な系統で、適応的に進化したことを示した。これは、体内受精である我々哺乳類の精子の進化がどのようなプロセスを経て来たかを明らかにする鍵となる。そのため、分子基盤の視点を持ち合わせた本研究は、生態学のみならず、将来的に医学分野への応用が期待できる。
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